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源氏物語 繪合

源氏物語 繪合 紫式部

このページはクリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0に従い、ウィキソースの蔵書『源氏物語 國分大觀 上』からのコピーを含みます。

 

 繪合

前の齋宮の御まゐりのこと中宮の御心に入れて催し聞え給ふ。こまかなる御とぶらひまでとり立てたる御後見もなしとおぼしやれど、大殿は院にも聞しめさむことを憚り給ひて二條院に渡し奉らむことをもこのたびはおぼしとまりて唯しらず顏にもてなし給へれど、大方の事どもはとりもちて親めき聞え給ふ。院はいと口惜しくおぼしめせど、人わろければ御せうそこなど絕えにたるを、その日になりてえならぬ御よそひども御櫛の箱うちみだりの箱かうごの箱どもよのつねならずくさぐさの御たき物どもくぬえかうまたなきさまに百ぶのほかを多く過ぎ匂ふまで心ことにとゝのへさせ給へり。おとゞ見給ひもせむにとかねてよりやおぼし設けゝむ、いとわざとがましかめり。殿も渡り給へるほどにてかくなむと女別當御覽ぜさす。唯御櫛の箱の片つ方を見給ふに、つきせずこまかになまめきてめづらしきさまなり。さしぐしの箱のこゝろばに、

  わかれぢに添へしをぐしをかごとにてはるけき中と神やいさめし」。おとゞこれを御覽じつけておぼしめぐらすに、いとかたじけなくいとほしくて我が御心ならひのあやにくなる身をつみてかのくだり給ひしほど御心におもほしけむこと、かう年經て歸り給ひてその御志をも遂げ給ふべき程に、かゝるたがひめのあるをいかにおぼすらむ、御位を去り物しづかにて、世をうらめしとやおぼすらむ、われになりて心動くべきふしかなとおぼしつゞけ給ふにいとほしく、何にかくあながちなる事を思ひはじめて心苦しくおぼしなやますらむ、つらしとも思ひ聞えしかど又懷しくあはれなる御心ばへをなど思ひ亂れ給ひて、とばかりうち眺め給へり。「この御かへりはいかやうにか聞えさせ給ふらむ、又御せうそこもいかゞ」など聞え給へど、いとかたはらいたければ御文はえ引き出でず。宮は惱しげにおぼして御返りいと物うくし給へど「聞え給はざらむもいとなさけなくかたじけなかるべし」と人々そゝのかし煩ひ聞ゆるけはひを聞き給ひて「いとあるまじき御事なり。しるしばかり聞えさせ給へ」と聞え給ふもいとはづかしけれどいにしへおぼし出づるに、いとなまめき淸らにていみじう泣き給ひし御さまをそこはかとなくあはれと見奉り給ひし御をさな心も只今の事とおぼゆるに、故みやす所の御事などもかきつらねあはれにおぼされて、たゞかく、

 「わかるとて遙にいひしひとこともかへりてものは今ぞかなしき」とばかりやありけむ。御使の祿しなじなに賜はす。おとゞは御返りをいとゆかしうおぼせど聞えたまはず。院の御ありさまは女にて見奉らまほしきをこの御けはひも似げなからずいとよき御あはひなめるを、內はまだいといはけなくおはしますめるに、かく引き違へ聞ゆるを人知れずものしとやおぼすらむなど、にくき事をさへおぼしやりて胸つぶれ給へど、今日になりておぼしとゞむべきことにしあらねば、事どもあるべきさまにのたまひおきて睦しうおぼす。すりの宰相をくはしう仕うまつるべくのたまひてうちに參り給ひぬ。うけばりたる親ざまには聞しめされじと院を包み聞え給ひて御とぶらひばかりと見せ給へり。よき女房などはもとより多かる宮なれば里がちなりしも參り集ひていとになくけはひあらまほしく、あはれおはせましかばいかにかひありておぼしいたづかましと、昔の御心ざまおぼし出づるに、大方の世につけては惜しうあたらしかりし人の御有樣ぞや。さこそえあらぬものなりければよしありし方は猶すぐれて物の折ごとに思ひ出で聞え給ふ。中宮もうちにぞおはしましける。うへは珍しき人參り給ふと聞しめしければ、いとうつくしう御心づかひして坐します。程よりはいみじうざれおとなび給へり。宮には「かく耻しき人參り給ふを、御心づかひして見え奉らせ給へ」と聞え給ひけり。人しれずおとなは耻しうやあらむとおぼしけるをいたく夜更けて參うのぼり給へり。いとつゝましげにおほどかにてさゝやかにあえかなるけはひのしたまへれば、いとをかしとおぼしけり。弘徽殿には御覽じつけたれば睦ましうあはれに心安くおもほし、これは人ざまもいたうしめり耻しげにおとゞの御もてなしもやんごとなくよそほしければあなづりにくゝ思されて、御とのゐなどはひとしくし給へどうちとけたる御わらは遊に晝など渡らせ給ふことはあなたがちにおはします。權中納言は思ふ心ありて聞え給ひけるに、かく參り給ひて御むすめにきしろふさまにて侍ひ給ふをかたがたに安からずおぼすべし。院にはかの櫛の箱の御かへり御覽ぜしにつけても御心離れ難かりけり。その頃おとゞの參り給へるに御物語こまやかなり。事のついでに齋宮のくだり給ひしことさきざきものたまひ出づれば、聞え出で給ひてさ思ふ心なむありしなどはしあらはし給はず。おとゞもかゝる御氣色聞き顏にはあらで、只いかにおぼしたるとゆかしさに、とかうかの御事のたまひ出づるにあはれなる御氣色のあさはかならず見ゆればいといとほしくおぼす。めでたしとおぼししみにける御かたち、いかやうなるをかしさにかとゆかしう思ひ聞え給へど、更にえ見奉り給はぬをねたうおもほす。いとおもりかにて夢にもいはけたる御ふるまひあらばこそおのづからほの見え給ふついでもあらめ、心にくき御けはひのみ深さまされば、見奉り給ふまゝに、いとあらましと思ひ聞え給へり。かくすきまなくて二所さぶらひ給へば兵部卿の宮すがすがともえおもほしたらず。帝おとなび給ひなばさりともえおもほし捨てじとぞまち過ぐし給ふ。

二所の御おぼえどもとりどりにいどみ給へり。うへはよろづの事にすぐれて、繪を興あるものにおぼしたり。立てゝ好ませ給へばにや、になく書かせ給ふ。齋宮の女御いとをかしう書かせ給ひければ、これに御心うつりて渡らせ給ひつゝかき通はさせ給ふ。殿上の若き人々もこの事まねぶをば御心とゞめてをかしきものにおもほしたれば、ましてをかしげなる人の心ばへあるさまにまほならず書きすさびなまめかしうそひふしてとかく筆うちやすらひ給へるさま、らうたげさに御心しみて、いとしげう渡らせ給ひてありしよりけに御思ひまされるを、權中納言聞き給ひて飽くまでかどかどしく今めき給へる御心にて、われ人に劣りなむやとおぼし勵みて、すぐれたる上手どもを召し取りていみじういましめてまたなきさまなる繪どもをになぎ紙どもに書き集めさせ給ふ。物語繪こそ心ばへに見えて見所あるものなれとて、おもしろく心ばへある限をえりつゝ書かせ給ふ。例の月なみの繪も見馴れぬさまに言の葉を書き續けて御覽ぜさせ給ふ。わざとをかしうしたれば、又こなたにてもこれを御覽ずるに心やすくもとり出で給はず、いといたく祕めてこの御方にもて渡らせ給ふを惜みらうじ給へば、おとゞ聞き給ひて、「猶權中納言の御心の若々しさこそ改まりがたかめれ」など笑ひ給ふ。「あながちに隱して心安くも御覽ぜさせず惱まし聞ゆるいとめざましや。古代の御繪どもの侍る參らせむ」と奏し給ひて、殿に舊き新しき繪ども入りたる御厨子ども開かせ給ひて女君と諸共に今めかしきはそれぞれとえり整へさせ給ふ。長恨歌王昭君などやうの繪はおもしろくあはれなれど、事の忌あるはこたみは奉らじとえりとゞめ給ふ。かの旅の御日記のはこをも取り出でさせ給ひて、このついでにぞ女君にも見せ奉り給ひける。知らで今見む人だに少し物思ひ知らむ人は淚惜むまじくあはれなり。まいて忘れがたくその夜の夢をおぼしさます折なき御心どもには取り返し悲しうおぼし出でらる。今まで見せ給はざりけるうらみをぞ聞え給ひける。

 「一人居て眺めしよりはあまのすむかたを書きてぞ見るべかりける。おぼつかなさは慰みなましものを」とのたまふ。いとあはれとおぼして、

 「うきめ見しそのをりよりも今日はまた過ぎにしかたにかへる淚か」。中宮ばかりには見せ奉るべきものなり。「かたはなるまじき一でふづゝさすがに浦々の有樣さやかに見えたるをえり給ふついでにもかのあるじの家居ぞまづいかにとおぼしやらぬ時の間もなき。かう繪ども集めらると聞き給ひて、權中納言いとゞ心をつくして軸表紙ひものかざりいよいよ整へ給ふ。やよひの十日の程なれば空もうらゝかにて人の心も延び、物おもしろき折なるにうちわたりもさるべき節會どものひまなれば唯かやうの事どもにて御かたがたくらし給ふを、おなじくは御覽じ所もまさりぬべくて、奉らむの御心つきていとわざと集め參らせ給へり。こなたかなたとさまざま多かり。物語繪はこまやかに懷しさまさるめるを、梅壺の御かたはいにしへの物語名高くゆゑあるかぎり弘徽殿はその頃世に珍しくをかしき限を選りて書かせ給へれば、うち見る目の今めかしき華やかさはいとこよなくまされり。うへの女房などもよしあるかぎり、これはかれはなど定めあへるをこの頃のことにすめり。中宮も參らせ給へる頃にてかたがた御覽じて捨て難くおもほすことなれば、御おこなひも怠りつゝ御覽ず。この人々とりどりに論ずるを聞しめして、ひだり右とかた分たせ給ふ。梅壺の御方には、へいないしのすけ、侍從の內侍、少將の命婦、右には大貳のないしのすけ、中將の命婦、兵衞の命婦を只今は心にくきさうそくどもにて心々にあらそふ。口つきどもをかしと聞しめしてまづ物語の出で來はじめの親なる竹取のおきなに、空穗の俊蔭を合せて爭ふ。「なよ竹の世々にふりにけることをかしきふしもなけれど、かぐや姬のこの世の濁にも穢れず、遙に思ひのぼれる契たかく、神世のことなめればあさはかなる女めおよばぬならむかし」といふ。右は「かぐや姬の昇りけむ雲ゐはげに及ばぬことなれば誰も知りがたし。この世の契は竹の中に結びければくだれる人のことゝこそ見ゆめれ。ひとつ家の內は照しけめど百敷のかしこき御光にはならはずなりにけり。安部のおほしが千々のこがねを棄てゝ火鼠のおもひ片時に消えたるもいとあへなし。くら持のみこのまことの蓬萊の深き心も知りながらいつはりて玉の枝に疵をつけたるをあやまちとなす」。繪は巨勢のあふみ、手は紀の貫之かけり。かんや紙に唐の綺をばいして赤紫の表紙紫檀の軸世の常のよそひなり。「俊蔭ははげしき波風におぼゝれ知らぬ國に放たれしかど猶さして行きけるかたの志もかなひて遂にひとの御門にも我が國にもありがたぎざえの程をひろめ名を殘しけるふるき心をいふに、繪のさまも唐土と日の本とを取りならべておもしろき事ども猶ならびなし」といふ。白き色紙靑き表紙黃なる玉の軸なり。繪はつねのり、手はみちかぜなれば、今めかしうをかしげに目も輝くまで見ゆ。左にはそのことわりなし。次に伊勢物語正三位を合はせてまた定めやらず。これも右はおもしろく賑はゝしく、うちわたりより、はじめ近き世のありさまを書きたるはをかしう見所まさる。平內侍、

 「伊勢の海のふかきこゝろをたどらずてふりにし跡と波やけつべき。世の常のあだことのひきつくろひ飾れるにおされて業平が名をやくたすべき」と爭ひかねたり。右のすけ、

 「雲のうへに思ひのぼれるこゝろにば千ひろの底もはるかにぞ見る」。兵衞の大君の心高さはげに捨てたれど在五中將の名をばえくたさじとのたまはせて、宮、

 「見るめこそうらぶれぬらめ年經にしいせをのあまの名をや沈めむ」。かやうの女ごとにて亂りがはしく爭ふに、一卷に言の葉を盡してえもいひやらず。唯淺はかなる若人どもはしにかへりゆかしがれどうへのも宮のも片はしをだにえ見ず、いといたう祕めさせ給ふ。おとゞ參り給ひてかくとりどりに爭ひ騷ぐ心はへどもをかしくおぼして、同じくは御前にてかちまけ定めむとのたまひなりぬ。かゝることもやとかねておぼしければ、中にも殊なるはえりとゞめ給へるに、かの須磨明石のふたまきはおぼす所ありてとりまぜさせ給へりけり。中納言もその心劣らず、この比の世には唯かく面白き紙繪を整ふることを天の下いとなみたり。今改め書かむことはほいなきことなり。唯ありけむ限をこそとのたまへど、中納言は人にも見せで、わりなき窓をあけて書かせ給ふめるを、院にもかゝる事聞かせ給ひて梅壺に御繪ども奉らせ給へり。年の內の節會どもの面白く興あるを昔の上手どものとりどりに書けるに、延喜の手づから事の心書かせ給へるに又我が御世の事も書かせ給へる卷に、かの齋宮の下り給ひし日の大極殿の儀式御心にしみておぼしければ書くべきやう委しく仰せられて、公茂が仕う奉れるがいといみじきを奉らせ給へり。艷に透きたるぢんの箱に同じきこゝろばのさまなどいと今めかし。御せうそこはたゞ言葉にて、院の殿上にもさぶらふ左近中將を御使にてあり。かの大極殿の御輿寄せたる所のかうがうしきに、

 「身こそかくしめのほかなれそのかみの心のうちをわすれしもせず」とのみあり。聞え給はざらむもいとかたじけなければ、苦しくおぼしながら昔の御かんざしの端をいさゝか折りて、

 「しめのうちは昔にあらぬ心ちして神代のことも今ぞこひしき」とて、はなだの唐の紙に包みて參らせ給ふ。御使の祿などいとなまめかし。院の帝御覽ずるに限なくあはれとおぼすにぞ、ありし世をとりかへさまほしくおぼしける。おとゞをもつらしと思ひ聞えさせ給ひけむかし。過ぎにしかたの御報にやありけむ、院の御繪はきさいの宮より傳りてあの女御の御方にも多く參るべし。ないしのかんの君も、かやうの御このましさは人にすぐれて、をかしきさまにとりなしつゝ集め給ふ。

その日と定めて俄なるやうなれどをかしきさまにはかなうしなしてひだり右の御繪ども參らせ給ふ。女房のさぶらひにおましよそはせて北みなみかたがたに別れてさぶらふ。殿上人はこうらう殿の簀子に各心よせつゝさぶらふ。左は紫檀の箱に蘇芳のけそく、敷物には紫地の唐の錦、うちしきはえび染のからの綺なり。わらは六人、赤色に櫻がさねのかざみ、衵は紅に藤かさねの織物なり。すがた用意などなべてならず見ゆ。右はぢんの箱に淺香の下机、うちしきは靑地のこまの錦、あしゆひの組けそくのこゝろばへなどいといまめかし。わらは靑色に柳のかざみ、山吹がさねのあこめ着たり。皆おまへにかき立つ。上の女房まへしりへとさうぞき分けたり。召しありて內のおとゞ權中納言參り給ふ。その日そちの宮も參り給へり。いとよしありておはするなかに繪をなむたてゝ好み給へばおとゞのしたにすゝめ給へるやうやあらむ。ことごとしき召しにはあらで殿上にさぶらひ給ふを仰言ありておまへに參り給ふ。この判仕うまつり給ふ。いみじうげに書き盡したる繪どもあり。更にえ定めやり給はず。例の四季の繪も古の上手どもの面白き事どもを選びつゝ筆とゞこほらず書きながしたるさま譬へむかたなしと見るに紙繪はかぎりありて山水のゆたかなる心ばへをえ見せつくさぬものなれば、唯筆のかざり人の心に作り立てられて今のあさはかなるも昔の跡にはぢなく賑はゝしくあなおもしろと見ゆるすぢはまさりて、多くの爭ひども今日はかたがたに興ある事ども多かり。朝がれひの御さうじを開けて中宮もおはします。深くしろしめしたらむと思ふに、おとゞもいというにおぼえ給ひて所々の判ども心もとなき折々に時々さしいらへ給ひける程あらまほし。定めかねて夜に入りぬ。左猶數ひとつあるはてに須磨のまきいできたるに、中納言の御心さわぎにけり。あなたにも心して、はての卷は心ことにすぐれたるをえり置き給へるにかゝるいみじきものゝ上手の心のかぎり思ひすまして靜に書き給へるは譬ふべきかたなし。みこより始め奉りて淚とゞめ給はず。その世に心苦し悲しとおぼしゝ程よりも、おはしけむ有樣御心におぼしけむ事ども只今のやうに見ゆ。所のさまおぼつかなき浦々磯の隱れなく書きあらはし給へり。さうの手に、かんなの所々に書きまぜてまほの委しき日記にはあらず。あはれなる歌などもまじれるたぐひゆかしう誰もことごとおぼさず。さまざまの御繪の興これに皆うつりはてゝ、あはれにおもしろし。よろづ皆おしゆづりて左かつになりぬ。夜明け方近くなる程に物いとあはれにおぼされて御かはらけなどまゐるついでに、昔の御物語ども出で來て、「いはけなき程より學問に心を入れて侍りしに少しもざえなどつきぬべくや御覽じけむ、院ののたまはせしやう、才學といふもの世にいと重くするものなればにやあらむ、いたう進みぬる人の命さいはひと並びぬるはいとかたきものになむ、しなたかく生れ、さらでも人に劣るまじき程にてあながちにこの道な深く習ひそと、諫めさせ給ひてほんざいのかたがたの物敎へさせ給ひしに、拙きこともなくまたとり立てゝこの事と心得ることも侍りざりき。繪書くことのみをなむあやしくはかなきものからいかにしてかは心行くばかり書きて見るべきと思ふをりをり恃りしを、おぼえぬ山がつになりてよもの海の深き心を見しに更に思ひよらぬ隈なくいたられにしかど、筆の行くかぎりありて心よりは事ゆかずなむ思う給へられしを、ついでなく御覽ぜさすべきならねばかうすきずきしきやうなる後の聞えやあらむ」とみこに申し給へば「何のざえも心よりはなちて並ぶべきわざならねど道々にものゝ師あり、學び所あらむは事の深さ淺さは知らねどおのづからうつさむにあとありぬべし。筆とる道と碁うつことゝぞあやしうたましひの程見ゆるを、深きらうなく見ゆるおれものもさるべきにて、書き打つたぐひも出で來れど、家の子の中には猶人にぬけぬる人の何事をも好み得けるとぞ見えたる。院の御まへにてみこたち內親王いづれかはさまざまとりどりのざえならはせ給はざりけむ。その中にもとり立てたる御心に入れて傳へうけとらせ給へるかひありて、もんざんをばさるものにいはず、さらぬ事の中にはきん彈かせ給ふことなむいちのざえにて、次には橫笛琵琶箏の琴をなむつぎつぎに習ひ給へると、うへもおぼしのたまはせき。世の人しか思ひ聞えさせたるを繪は猶筆のついでにすさびさせ給ふあだごとゝこそ思ひ給へしか。いとかうまさなきまで、古の墨かきの上手とも跡をくらうなしつべかめるはかへりてけしからぬわざなり」と、うち亂れ聞え給ひて、ゑひなきにや、院の御事聞え出でゞ打ちしほたれ給ひぬ。

廿餘日の月さし出でゝこなたはまださはやかならねど大方の空をかしきほどなるにふんの司の御琴めし出でゝ、權中納言和琴たまはり給ふ。さはいへど人にはまさりてかきたて給へり。みこさうの御琴、おとゞきん、琵琶は少將の命婦仕うまつる。うへ人の中にすぐれたるを召して、はうしたまはす。いみじう面白し。明けはつるまゝに花の色も人の御かたちどもゝほのかに見えて鳥の囀るほど心地ゆきめでたきあさぼらけなり。祿どもは、中宮の御方より賜はす。みこは御ぞ又重ねて賜はり給ふ。その頃の事にはこの繪の定めをし給ふ。「かの浦々の卷は中宮は侍はせ給へ」と聞えさせ給ひければ、これがはじめ又のこりの卷々ゆかしがらせ給へど、「今つぎつぎに」と聞えさせ給ふ。うへにも御心ゆかせ給ひておぼしめしたるを嬉しく見奉り給ふ。はかなき事につけてもかうもてなし聞え給へば、權中納言は猶おぼえをさるべきにやと心やましう思さるべかめり。上の御こゝろざしはもとよりおぼししみにければ猶こまやかにおぼしたるさまを、人知れず見奉り給ひてぞ賴もしくさりともとおぼされける。さるべき節會どもにもこの御時よりと末の人の言ひ傳ふべき例をそへむとおぼし、私ざまのかゝるはかなき御遊も珍しきすぢにせさせ給ひていみじき盛の御世なり。おとゞぞ猶常なきものに世をおぼして今少しおとなびおはしますと見奉りて猶世を背きなむと深くおもほすべかめる。昔のためしを見聞くにも、齡足らでつかさ位高くのぼり世にぬけぬる人の長くはえ保たぬわざなりけり。この御世には身のほどおぼえ過ぎにけり。中頃なきになりて沈みたりしうれへに變りて今までもながらふるなり。今より後のさかえは猶命うしろめたし。しづかに籠り居て後の世の事をつとめかつは齡をも延べむとおぼして、山里の長閑なるをしめてみ堂作らせ給ふ。佛經のいとなみ添へてせさせ給ふめるに、末の君たち思ふさまにかしづきいだして見むとおぼしめすにぞ、疾く捨て給はむことは難げなる。いかにおぼし置きつるにかといとしりがたし。