kobunnadoのブログ

インターネット上でご好意でパブリックドメイン等で公開されてるものをブログ形式で掲載します。

源氏物語 槿(夕顏)

源氏物語 槿(夕顏) 紫式部

このページはクリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0に従い、ウィキソースの蔵書『源氏物語 國分大觀 上』からのコピーを含みます。

 

 槿

齋院は、御ぶくにており居給ひにきかし。おとゞ例のおぼしそめつること絕えぬ御くせにて、御とぶらひなどいとしげう聞え給ふ。宮煩はしかりしことをおぼせば御返りもうちとけて聞え給はず。いと口惜しとおぼしわたる。九月になりて桃園の宮に渡り給ひぬるを聞きて女五の宮のそこにおはすればそなたの御とぶらひにことつけてまうで給ふ。故院の子のみこたちをば心殊にやんごとなく思ひ聞え給へりしかば今も親しくつぎつぎに聞え交し給ふめり。同じ寢殿の西ひんがしにぞ住み給ひける。程もなく荒れにける心地して哀にけはひしめやかなり。宮たいめんし給ひて御物語聞え給ふ。いとふるめきたる御けはびしはぶきがちにおはす。このかみにおはすれど故おほ殿の宮はあらまほしくふりがたき御有樣なるをもてはなれ聲ふつゝかにこちごちしく覺え給へるもさるかたなり。「院のうへ崩れ給ひて後萬心ぼそく覺え侍りつるに年の積るまゝにいと淚がちにて過ぐしはべるをこの宮さへかくうちすて給へればいよいよあるかなきかにとまり侍るをかく立ち寄りとはせ給ふになむ物忘れしぬべく侍る」と聞え給ふ。かしこくもふり給へるかなと思へどうち畏まりて「院崩れ給ひて後はさまざまにつけて、同じ世のやうにも侍らず。覺えぬ罪にあたり侍りて知らぬよに惑ひ侍りしを、たまたまおほやけにかずまへられ奉りては又とりみだり暇なくなどして年頃も參りて、古の御物語をだに聞え承はらぬをいぶせく思ひ給へ渡りつゝなむ」など聞え給ふを「いともいともあさましく何方につけても定めなき世を同じさまにて見給へすぐす。命長さのうらめしき事多く侍れどかくて世に立ちかへり給へる御悅になむ、ありし年頃を見奉りさしてましかば、口惜しからましと覺え侍る」とうちわなゝき給ひて「いと淸らにねびまさり給ひにけるかな。わらはに物し給へりしを見奉りそめし時世にかゝる光の出でおはしたることゝ驚かれ侍りしを、時々見奉るだにゆゝしく覺え侍りてなむ。內のうへなむいとよく似奉らせ給へると人々聞ゆるをさりとも劣り給へらむとこそ推し量りはべれ」と長々と聞え給へば、殊にかくさし向ひて人の譽めぬわざかなとをかしくおぼす。「山がつになりていたう思ひくづほれ侍りし年頃の後こよなくおとろへにて侍るものを、內の御かたちは古の世にも並ぶ人なくやとこそあり難く見奉り侍れ。怪しき御おしはかりになむ」と聞え給ふ。「時々見奉らばいとゞしき命やのび侍らむ。今日は老も忘れうき世のなげき皆さめぬる心地なむ」とても又ない給ふ「三の宮うらやましくさるべき御ゆかりそひて親しく見奉り給ふを羨み侍る。このうせ給ひぬるも、さやうにこそ悔い給ふ折々ありしか」とのたまふにぞ、少し耳とまり給ふ。「さも侍ひなれなましかば今に思ふさまに侍らまし。指さし放たせ給ひて」とうらめしげに氣色ばみ聞え給ふ。あなたの御まへを見遣り給へればかれがれなる前栽の心ばへも殊に見渡されて、のどやかに眺め給ふらむ御有樣かたちもいとゆかしく哀にてえ念じ給はで「かくさぶらひたるついでを過ぐし侍らむは志なきやうなるをあなたの御とぶらひ聞ゆべかりけり」とてやがて簀子より渡り給ふ。暗うなりたる程なれど、にび色のみすに黑き御几帳の透影あはれに、追風なまめかしく吹きとほし、けはひあらまほし。簀子はかたはらいたければ南の廂に入れ奉る。宣旨たいめんして御せうそこきこゆ。「今さらにわかわかしき心地する御簾の前かな。神さびにける年月のらう數へられ侍るに今は內外も許させ給ひてむとぞ賴み侍りける」とて飽かずおぼしたり。ありし世は皆夢になして今なむさめてはかなきにやと思ひ給へ定め難く侍るにらうなどはしづかにや定め聞えさすべう侍らむ」と聞え出し給へり。げにこそ定め難き世なれと、はかなき事につけてもおぼしつゞけらる。

 「人知れず神のゆるしを待ちしまにこゝらつれなき世をすぐすかな。人は何のいさめにかこたせ給はむとすらむ。なべて世に煩はしきことさへ侍りし後樣々に思ひ給へあつめしかな。いかで片端をだに」とあながちに聞え給ふ。御用意なども昔よりも今少しなまめかしきけさへそひ給ひにけり。さるはいといたう過ぐし給へど御位の程にはあはざめり。

 「なべて世のあはればかりをとふからに誓ひしことゝ神やいさめむ」とあれば「あなこゝろう、その世の罪は皆科戶の風にたぐへてき」との給ふ。あいぎやうもこよなし。「みそぎを神はいかゞ侍りけむ」などはかなき事を聞ゆるもまめやかにいと傍いたし。世づかぬ御有樣は年月にそへても物深くのみひき入り給ひてえ聞え給はぬを見奉りなやめり。「すきずきしきやうになりぬるを」など淺はかならずうち歎きて立ち給ふに「齡のつもりにはおもなくこそなるわざなりけれ。世に知らぬやつれを今ぞとだに聞えさすべくやはもてなし給ひける」とて出で給ふ名殘所せきまで例の聞えあへり。大方の空もをかしき程に木の葉の音なひにつけても過ぎにしものゝ哀とり返しつゝその折々をかしくもあはれにも深く見え給ひし御心ばへなども思ひ出で聞えさす。心やましくて立ち出で給ひぬるはまして寢覺がちにおぼし績けゝる。疾く御格子まゐらせ給ひて朝霧をながめ枯れたる花どもの中に朝顏のこれかれにはひまつはれてあるかなきかに咲きて匂も殊にかはれるを折らせ給ひて奉れ給ふ。「けざやかなりし御もてなしに人わろき心地し侍りて、うしろでもいとゞいかゞ御覽じけむとねたく。されど、

  見しをりの露忘られぬあさがほの花のさかりは過ぎやしぬらむ。年頃のつもりも哀とばかりはさりともおぼし知るらむとなむ。かつは」など聞え給へり。おとなび給へる御文の心ばへに、おほつかなからむも見知らぬやうにやとおぼし、人々も御硯とりまかなひて聞ゆれば、

 「秋はてゝ露のまがきにむすぼゝれあるかなきかにうつるあさがほ。似つかはしき卸よそへにつけても露けく」とのみあるは何のをかしきふしもなきをいかなるにかおき難く御覽ずめり。靑にびの紙のなよびかなる墨つきはしも、をかしく見ゆめり。人の御ほど書きざまなどにつくろはれつゝ、その折は罪なきこともつきづきしうまねびなすにはほゝゆがむこともあめればこそ、さかしらに書き紛はしつゝ覺束なき事も多かりけり。立ちかへも今さらにわかわかしき御ふみがきなども似げなき事とおぼせど猶かく昔よりもてはなれぬ御氣色ながら、口をしくて過ぎぬるを思ひつゝえやむまじく思さるればさらがへりてまめやかに聞え給ふ。ひんがしの對にはなれおはして宣旨を迎へつゝ語らひ給ふ。さぶらふ人々のさしもあらぬきはの事をだに靡きやすなるなどは過ちもしつべくめで聞ゆれど宮はそのかみだにこよなく覺し離れたりしを今はまして誰も思ひなかるべき御齡覺えにてはかなき木草につけたる御かへりなどの折過ぐさぬもかるがるしくやとりなさるらむなど人の物いひを憚り給ひつゝうちとけ給ふべき御氣色もなければ、ふりがたく同じさまなる御心ばへを世の人にかはり珍しくもねたくも思ひ聞え給ふ。世の中に漏り聞えて、前齋院にねんごろに聞え給へばなむ女五の宮などによろしく思したなり。「似げなからぬ御あはひならぬ」などいひけるを、對の上は傳へ聞き給ひてしばしはさりともさやうならむこともあらば隔てゝはおぼしたらじとおぼしけれどうちつけに目留め聞え給ふに、御氣色なども例ならずあくがれたるも心うくまめまめしくおぼしなるらむことを、つれなく戯れにいひなし給ひけむよと同じすぢには物し給へど、覺え殊に昔よりやんごとなく聞え給ふを御心などうつりなばはしたなくもあべいかなと、年頃の御もてなしなどは立ち並ぶ方なくさすがにならひて人におしけたれむことなど人知れずおぼし歎かる。かきたえ名殘なきさまにはもてなし給はずともいと物はかなきさまにて見馴れ給へる年頃のむつびあなづらはしき方にこそはあらめなど樣々に思ひ亂れ給ふに、よろしき事こそうちゑじなどにくからず聞え給へ、まめやかにつらしとおぼせば色にも出し給はず。端近うながめがちに、內ずみしげくなり、役とは御文を書き給へばげに人の事は空しかるまじきなめり。氣色をだにかすめ給へかしとうとましくのみ思ひ聞え給ふ。冬つ方かんわざなどもとまりてさうざうしきに徒然とおぼしあまりて五の宮に例の近づき參り給ふ。雪うち散りて艷なるたそがれ時に、なつかしき程になれたる御ぞどもをいよいよたきしめ給ひて心ことにけさうじ暮し給へれば、いとゞ心弱からむ人はいかゞと見えたり。さすがにまかり申しはた聞え給ふ。「女五の宮のなやましくし給ふなるをとぶらひ聞えになむ」とてつひ居給へれば見もやり給はず。若君ともてあそび紛はしおはするそばめのたゞならぬを「怪しく御氣色の變れる頃かな。罪もなしや。しほやき衣のあまりめなれみだてなくおぼさるゝにや」とてとだえおくを「又いかゞ」など聞え給へば「なれ行くこそげにうき事多かりけれ」とばかりにてうち背きて臥し給へるは見捨てゝ出で給ふ道物うけれど宮に御せうそこ聞え給ひてければ出で給ひぬ。かゝりける事もありける世をうらなくて過ぐしけるよと思ひ續けて臥し給へり。にびたる御ぞどもなれど色あひ重なり好ましく、なかなか見えて雪の光にいみじく艷なる御姿を見出して、誠にかれまさり給はゞと思ひあへずおぼさる。ごぜんなど忍びやかなるかぎりして「うちよりほかのありきは物うき程になりにけりや。桃園の宮の心細きさまにて物し給ふ式部卿の宮に年頃は讓り聞えつるを今は賴むなと思しのたまふもことわりにいとほしければ」など、人々にものたまひなせど「いでや御すき心のふり難きぞあたら御暇なめる。かるがるしきことも出で來なむ」などつぶやきあへり。宮には北おもての人繁き方なる御門は入り給はむもかろがろしければ、西なるがことごとしきを人入れさせ給ひて宮の御方に御せうそこあれば今日しも渡り給はじとおぼしけるを驚きてあけさせ給ふ。御門守寒げなるけはひうすゞき出で來てとみにもえあけやらず。これより外のをのこはたなきなるべし。ごほごほと引きて「錠のいといたくさびにければあかず」とうれふるを哀と聞しめす。昨日今日とおぼす程に、三十年のあなたにもなりにける世かな、かゝるを見つゝかりそめのやどりをえ思ひすてず、木草の色にも心をうつすよとおぼし知らる。くちすさびに、

 「いつのまに蓬がもとゝむすぼゝれ雪ふる里と荒れしかき根ぞ」。やゝ久しくひこしろひあけて入り給ふ。宮の御方に、例の御物語聞え給ふにふることゞものそこはかとなきうちはじめ聞え盡し給へど御耳も驚かずねぶたきに宮もあくびうちし給ひて「よひまどひをし侍れば、物もえ聞えやらず」とのたまふほどもなく鼾とか聞き知らぬ音すれば喜びながら立ち出で給はむとするに、又いと古めかしきしはぶきうちして參りたる人あり。「かしこけれど、聞しめしたらむと賴み聞えさするを世にあるものともかずまへさせ給はぬになむ。院の上をばおとゞと笑はせ給ひし」など名のり出づるにぞおぼし出づる。源內侍のすけといひし人は尼になりてこの宮の御弟子にて行ふと聞きしかど、今まであらむとも尋ね知り給はざりつるをあさましうなりぬ。「その世の事は皆昔がたりになり行くを遙に思ひ出づるも心細きにうれしき御聲かな。親なしにふせる旅人とはぐゝみ給へかし」とて寄り居給へる御けはひにいとゞ昔思ひ出でつゝ、ふりがたくなまめかしきさまにもてなして、いたうすげみにたる口つき思ひやらるゝこわづかひの流石にしたつきにてうちざれむとは猶思へり。云ひこし程になど聞えかゝるまばゆさよ。今しもきたる老のやうになどほゝゑまれ給ふものからひきかへこれも哀なり。このさかりにいどみし女御更衣、あるはひたすらなくなり給ひあるはかひなくてはかなき世にさすらへ給ふもあべかめり。入道の宮などの御齡ひよ、あさましとのみおぼさるゝ世に、年のほど身の殘少なげさに心ばへなども物はかなく見えし人のいきとまりてのどやかに行ひをもうちして過ぐしけるは猶すべて定めなき世なりとおぼすに、物哀なる御氣色を心ときめきに思ひてわかやぐ。

 「年經れどこのちぎりこそわすられぬ親のおやとかいひしひとこと」と聞ゆればうとましくて

 「身をかへて後も待ち見よこの世にて親を忘るゝ例ありやと。たのもしき契ぞや。今のどかにぞ聞えさすべき」とて立ち給ひぬ。西おもてには御格子參りたれど厭ひ聞えがほならむもいかゞとて一ま二まはおろさず、月さし出でゝ薄らかに積れる雪の光にあひてなかなかいと面白き夜のさまなり。ありつる老らくの心げさうもよからぬものゝ世のたとひとか聞きしとおぼし出でられてをかしくなむ。今宵はいとまめやかに聞え給ひて「ひとことにくしなども、人づてならでのたまはせむを思ひたゆるふしにもせむ」とおり立ちてせめ聞え給へど、昔われも人も若やかに罪免されたりし世にだに故宮などの心よせおぼしたりしを、猶あるまじくはづかしと思ひ聞えてやみにしを、世のすゑにさだすぎ、つきなきほどにて一聲もいとまばゆからむとおぼして、更に動きなき御心なれば、あさましうつらしと思ひ聞え給ふ。流石にはしたなくさし放ちてなどはあらぬ人づての御返りなとぞ心やましきや。夜もいたう更け行くに風のけはひ烈しくて誠にいと物心ほそく覺ゆればさまよき程におしのごひ給ひて、

 「つれなさを昔にこりぬ心こそ人のつらさにそへてつらけれ。心づから」との給ひすさぶるを、げに傍いたしと人々例の聞ゆ。

 「あらためて何かは見えむ人のうへにかゝりと聞きし心がはりを。昔に變る事は習はず」と聞え給へり。いふかひなくていとまめやかにゑじ聞えて出で給ふもいと若々しき心地し給へば、「いとかく世のためしになりぬべき有樣漏し給ふなよ。ゆめゆめいさら川などもなれなれしや」とて切にうちさゝめき語らひ給へど何事にかあらむ。人々も「あなかたじけな。あなかちになさけ後れてももてなし聞え給ふらむかるらかにおし立ちてなどは見え給はぬ御氣色を、心苦しう」といふ。げに人の程のをかしきにも哀にもおぼし知らぬにはあらねど、物思ひ知るさまに見え奉るとて、おしなべての世の人のめで聞ゆらむつらにや思ひなされむ。かつはかるがるしき心の程も見知り給ひぬべく、耻しげなめる御有樣をとおぼせば、懷しからむなさけもいとゞあいなし。よその御返りなどうち絕えて覺束なかるまじき程に聞え給ふ。人傳の御いらへはしたなからで過ぐしてむ、年頃しづみつる罪失ふばかり、御おこなひをとはおぼし立てど、俄にかゝる御事をしも、もてはなれ顏にあらむもなかなか今めかしきやうに見え聞えて人のとりなさじやはと世の人の口さがなさをおぼし知りにしかばかつはさぶらふ人にもうちとけ給はず。いたう御心づかひし給ひつゝやうやう御行ひをのみし給ふ。御はらからのきん達あまたものし給へど、ひとつ御腹ならねばいとうとうとしく宮の內いとかすかになりゆくまゝにさばかりめでたき人のねんごろに御心を盡し聞え給へば皆人心をよせ聞ゆるもひとつ心と見ゆ。おとゞはあながちにおぼしいらるゝにしもあらねど、つれなき御氣色のうれたきにまけて止みなむも口惜しくげにはた人の御有樣世のおぼえ殊にあらまほしく物を深くおぼし知り世の人のとあるかゝるけぢめも聞き集め給ひて昔よりもあまた經まさりておぼさるれば今さらの御あだげもかつは世のもどきをもおぼしながら、むなしからむはいよいよ人笑へなるべし、いかにせむと御心動きて二條院に夜がれ重ね給ふををんな君は、戯ぶれにくゝのみおぼす。忍び給へど、いかゞうちこぼるゝ折もなからむ。「怪しく例ならぬ御氣色こそ心得がたけれ」とてみぐしをかきやりつゝいとほしとおぼしたるさまも繪に書かまほしき御あはひなり。「宮うせ給ひて後上のいとさうざうしげにのみ世をおぼしたるも心苦しう見奉る。おほきおとゞも物し給はで、見ゆづる人なき事しげさになむ。この程の絕間などを見習はぬことにおぼすらむもことわりに哀なれど、今はさりとも心のどかにおぼせ。おとなび給ひためれどまだいと思ひやりもなく人の心も見知らぬさまに物し給ふこそらうたけれ」などまろかれたる御ひたひ髮ひきつくろひ給へどいよいよ背きて物もに聞え給はず。「いといたく若び給へるはたがならはし聞えたるぞ」とて常なき世にかくまで心おかるゞも味氣なのわざやとかつはうちながめ給ふ。「齋院にはかなしごと聞ゆるや。もし思し僻むるかたある、それはいともてはなれたることぞよ。おのづがら見給ひてむ。昔よりこよなうけどほき御心ばへなるをさうざうしき折々たゞならで聞えなやますに、彼處も徒然に物し給ふ所なればたまさかの御いらへなどし給へどまめまめしきさまにもあらぬをかくなむあるとしもうれへ聞ゆべき事にやは。後めたうはあらじとを思ひなほし給へ」など日一日慰め聞え給ふ。雪の痛う降り積りたる上に今も散りつゝ松と竹とのけぢめをかしう見ゆる夕暮に人の御かたちも光まさりて見ゆ。「時々につけても人の心をうつすめる花紅葉のさかりよりも冬の夜のすめる月に雪の光りあひたる空こそ怪しう色なきものゝ身にしみてこの世の外の事まで思ひ流され面白さも哀さも殘らぬをりなれ。すさまじきためしに言ひ置きけむ人の心あさゝよ」とてみす卷きあげさせ給ふ。月は隈なくさし出でゝひとつ色に見え渡されたるにしをれたる前栽のかげ心苦しう遣水もいと痛うむせびて池の氷もえもいはずすごきに、わらはべおろして雪まろばしせさせ給ふ、をかしげなる姿かしらつきども月にはえて大きやかになれたるがさまざまの衵亂れ着、帶しどけなき宿直姿なまめいたるに、こよなう餘れる髮の末、白き庭にはましてもてはやしたるいとけざやかなり。小きはわらはげて喜びはしるに扇なども落してうちとけ顏をかしげなり。いと多うまろばさむてとふくつけがれどえも押し動かさでわぶめり。かたへは東のつまなどに出で居て心もとなげに笑ふ。一とせ中宮の御まへに雪の山造られたりし世にふりたることなれど猶珍しくもはかなき事をしなし給へりしかな。何の折々につけても口惜しう飽かずもあるかな。いとけどほくもてなし給ひてくはしき御有樣を見ならし奉りしことはなかりしかど御まじらひの程に後やすきものにはおぼしたりきかし。うち賴み聞えてとある事かゝる折につけて何事も聞え通ひしに、もて出でゝらうらうしき事も見え給はざりしかど、いふかひありて思ふさまにはかなき事わざをもしなし給ひしはや。世に又さはかりのたぐひありなむや。やはらかにおびれたるものから深う由づきたる所の並びなく物し給ひしを君こそはさいへど紫のゆゑこよなからず物し給ふめれど少し煩はしきけそひてかどかどしさのすゝみ給へるや苦しからむ。前齋院の御心ばへは又さまことにぞ見ゆる。さうざうしきに、何とかはなくとも聞え合せわれも心づかひせらるべき御あたり唯このひとゝころや世に殘り給へらむ」とのたまふ。「ないしのかみこそはらうらうしくゆゑゆゑしき方は人にまさり給へれ。淺はかなるすぢなどもてはなれ給へりける人の御心を怪しくもありける事どもかな」とのたまへば「さかし。なまめかしうかたちよき女のためしには猶引き出づべき人ぞかし。さも思ふにいとほしく悔しきことの多かるかな。まいてうちあたけすぎたる人の年積り行くまゝにいかに悔しきこと多からむ。人よりはこよなきしづけさと思ひしだに」などのたまひ出でゝ、かんの君の御ことにも淚少しはおとし給ひつ。「この數にもあらずおとしめ給ふ山里の人こそは身のほどにはやゝうちすぎ物の心などえつべけれど人より異なるべきものなれば思ひあがれるさまをも見けちて侍るかな。いふかひなききはの人はまだ見ず。人は勝れたるは難き世なりや。東の院にながむる人の心ばへこそふりがたくらうたけれ。さはた更にえあらぬものをさる方につけての心ばせ人にとりつゝ見そめしより同じやうに世をつゝましげに思ひて過ぎぬるよ。今はたかたみに背くべくもあらず。深う哀と思ひ侍る」など昔今の御物語に夜ふけゆく。月いよいよすみて靜におもしろし。女君

 「氷とぢいしまの水はゆきなやみそらすむ月のがけぞながるゝ」。とを見出して少し傾き給へるほど似る物なく美しげなり。かんざしおもやうの戀ひ聞ゆる人の面かげにふとおぼえてめでたければいさゝかわくる御心もとりかへしつべし。鴛鴦のうち鳴きたるに、

 「かきつめてむかし戀しき雪もよに哀をそふるをしのうきねか」。入り給ひても宮の御車を思ひつゝ大殿籠れるに夢ともなくほのかに見奉るをいみじく恨み給へる御氣色にて、もらさじとのたまひしかどうき名のかくれなかりければ耻しう苦しきめを見るにつけてもつらくなむ」との給ふ。御いらへ聞ゆとおぼすにおそはるゝ心地してをんな君の「こはなどかくは」との給ふに、驚きていみじく口惜しく胸のおき所なくさわげば、おさへて淚も流れ出でにけり。今もいみじくぬらしそへ給ふ。をんな君、いかなることにかとおぼすに、うちもみじろかで臥し給へり。

「とけて寢ぬねざめさびしき冬の夜にむすぼゝれつる夢のみじかさ」なかなか飽かず悲しとおほすに、疾く起き給ひてさとはなくて所々に御ず經などせさせ給ふ。苦しきめ見せ給ふと恨み給へるもさぞおぼさるらむかし。おこなひをし給ひ萬に罪かろげなりし御有樣ながらこのひとつことにてこの世の濁をすゝぎ給はざらむと、物の心を深くおぼしたどるに、いみじく悲しければ何わざをしてしるべなき世界におはすらむをとぶらひ聞えにまうでゝ罪にもかはり聞えばやなどつくづくとおぼす。かの御ためにとり立てゝ何わざをもし給はむは人とがめ聞えつべし。內にも御心のおにゝ、思す所やあらむとおぼしつゝむほどに、阿彌陀ほとけを心にかけて念じ奉り給ふ。「おなじはちすにとこそは、

 なき人をしたふ心にまかせてもかげ見ぬ水の瀨にやまどはむ」とおぼすぞうかりけるとや。