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源氏物語 胡蝶

源氏物語 胡蝶 紫式部

このページはクリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0に従い、ウィキソースの蔵書『源氏物語 國分大觀 上』からのコピーを含みます。


胡蝶

やよひの二十日あまりのころほひ春のおまへの有樣、常より殊につくして匂ふ。花の色鳥の聲ほかの里にはまだふりぬにやと珍しう見え聞ゆ。山のこだち、中島のわたり色まさる苔の氣色など若き人々のはつかに心もとなく思ふべかめるに、唐めいたる船造らせ給ひける、急ぎさうぞかせ給ひて、おろし始めさせ給ふ日はうたづかさの人召して船のがくせらる。みこたち上達部などあまた參り給へり。中宮この頃里におはします。かの春まつそのはとはげまし聞え給へりし御かへりもこの頃やとおぼし、おとゞの君もいかでこの花のをり御覽ぜさせむとおぼしのたまへど、ついでなくてかるらかにはひわたり花をもてあそび給ふべきならねば、若き女房達の物めでしぬべきを船に乘せ給うて、南の池はこなたにとほし通はしなさせ給へるを、小さき山をへだての關に見せたれど、その山のさきよりこぎまひてひんがしの釣殿にこなたの若き人々集めさせ給ふ。龍頭鷁首をからのよそひにことごとしうしつらひて、舵とり棹さすわらはべ皆みつらゆひて唐土だゝせてさる大きなる池の中にさし出でたれば、まことの知らぬ國に來たらむ心ちしてあはれにおもしろく見ならはぬ女房などは思ふ。中島の入江の岩かげにさし寄せて見れば、はかなき石のたゝずまひも唯繪に書いたらむやうなり。こなたかなた霞みあひたる梢ども錦を引きわたせるに、おまへの方は遙々と見やられて、色をましたる柳、枝を垂れたる花もえもいはぬにほひをちらしたり。ほかは盛過ぎたる櫻も今さかりにほゝゑみ、廊をめぐれる藤の色もこまやかに開けゆきけり。まして池の水に影をうつしたる山吹峯よりこぼれていみじき盛なり。水鳥どものつがひを離れず遊びつゝ、細き枝どもをくひて飛びちがふ、鴛鴦の波の綾にもんを交へたるなど物の繪やうにも書きとらまほしき、誠に斧の柄もくたいつべう思ひつゝ日をくらす。

 「風吹けば浪の花さへいろ見えてこや名にたてる山ぶきのさき」、

 「春の池や井手のかはせにかよふらむ岸の山吹そこもにほへる」、

 「龜の上の山もたづねじ船のうちに老いせぬ名をばこゝにのこさむ」、

 「春の日のうらゝにさして行く船は棹のしづくも花ぞちりける」などやうのはかなき事どもを我が心々に言ひかはしつゝ、行くかたも歸らむ里も忘れぬべう若き人々の心を移すにことわりなる水の面になむ。暮れかゝるほどにわうじやうといふがくおもしろく聞ゆるに、心にもあらず釣殿にさし寄せられておりぬ。こゝのしつらひいとことそぎたるさまになまめかしきに、御かたの若き人ども我も劣らじと盡したるさうぞくかたち、花をこきまぜたる錦に劣らず見えわたる。世にめなれず珍らかなるがくども仕うまつる。まひ人など心ことに選ばせ給ひて人の御心ゆくべき手の限を盡させ給ふ。夜に入りぬればいと飽かぬ心地して御前の庭に篝火ともして、みはしのもとの苔のうへにがく人召して上達部みこたちも皆おのおの彈物吹物とりどりにし給ふ。ものゝ師ども殊に勝れたるかぎりそうでう吹きたてゝ、うへに待ちとる御琴どものしらべいと華やかに搔き立てゝ、あなたうと遊び給ふ程生けるかひありと、何のあやめもしらぬしづのをもみかどのわたりひまなき馬車のたちとにまじりてゑみさかえ聞きけり。空の色ものゝ音も春のしらべひゞきはいと殊にまさりけるけぢめを人々おぼしわくらむかし。よもすがら遊び明し給ふ。かへり聲に喜春樂たちそひて、兵部卿宮あをやぎをりかへしおもしろく謠ひ給ふ。あるじのおとゞもこと加へ給ふ。夜も明けぬ。朝ぼらけの鳥のさへづりを中宮は物隔てゝねたう聞しめしけり。いつも春の光をこめ給へるおほ殿なれど、心をつくるよすがのまたなきを飽かぬことにおぼす人々もありけるに、西の對の姬君こともなき御有樣、おとゞの君もわざとおぼしあがめ聞え給ふ御氣色など皆世に聞え出でゝおぼしゝもしるく、心なびかし給ふ人多かるべし。我が身さばかりと思ひあがり給ふきはの人こそたよりにつけつゝけしきばみ言に出で聞え給ふもありけれ。えしもうち出でぬ中の思ひにもえぬべきわかきんだちなどもあるべし。そのうちにことのこゝろを知らで內のおほいとのゝ中將などはすぎぬべかめり。兵部卿の宮はた年頃おはしける北の方もうせ給ひてこのみとせばかり獨住みにてわび給へば、うけばりて今は氣色ばみ給ふ。今朝もいといたうそらみだれして藤の花をかざしてなよびさうどき給へる御さまいとをかし。おとゞもおぼしゝさまかなふとしたにはおぼせど、せめてしらず顏をつくり給ふ。御かはらけのついでにいみじうもて惱み給うて、「思ふ心侍らずは罷り逃げなまし。いと堪へがたしや」とすまひ給ふ。

 「むらさきのゆゑに心をしめたれば淵に身なげむ名やはをしけき」とておとゞの君に「おなじかざしを」とて奉れ給ふ。いといたうほゝゑみたまひて、

 「淵に身を投げつべしやとこの春は花のあたりを立ちさらで見よ」とせちにとゞめ給へば、え立ちあがれ給はで今朝の御あそびましていとおもしろし。今日は中宮のみど經のはじめなりけり。やがてまかで給はでやすみ所とりつゝ日の御よそひにかへ給ふ人々も多かり。さはりあるはまかでなどもし給ふ。午の時ばかりに皆あなたに參り給ふ。おとゞの君を初め奉りて皆着きわたり給ふ。殿上人なども殘なく參る。多くはおとゞの御いきほひにもてなされ給ひてやんごとなくいつくしき御有樣なり。春のうへの御心ざしに、佛に花奉らせ給ふ。鳥蝶にさうぞきわけたるわらはべ八人かたちなど殊に整へさせ給ひて、鳥にはしろかねの花甁に櫻をさし、蝶はこがねの甁に山吹を同じき花の房もいかめしう、世になきにほひを盡させ給へり。南のおまへの山ぎはより漕ぎ出でゝおまへに出づるほど風吹きて甁の櫻少しうち散りまがふ。いとうらゝかに晴れて、霞の間より立ち出でたるはいとあはれになまめきて見ゆ。わざとひらばりなどもうつされず、おまへに渡れる廊をがく屋のさまにしてかりにあぐらどもをめしたり。わらはべども御階のもとに寄りて花ども奉る。ぎやうがうの人々とりつぎてあかに加へさせ給ふ。御せうそこ殿の中將の君して聞え給へり。

 「花ぞのゝこてふをさへやした草に秋まつむしはうとく見るらむ」。宮、かの紅葉の御かへりなりけりとほゝゑみて御覽ず。昨日の女房達も「げに春の色はえおとさせ給ふまじかりけり」と花にをれつゝ聞えあへり。鶯のうらゝかなる音に鳥のがくはなやかに聞きわたされて池の水鳥もそこはかとなく囀りわたるに、急になりはつるほど飽かずおもしろし。蝶はましてはかなきさまに飛び立ちて、山吹のませのもとに咲きこぼれたる花の影に舞ひ出づる。宮のすけをはじめてさるべきうへ人ども祿とりつゞきてわらはべにたぶ。鳥には櫻の細長、蝶には山吹襲たまはる。かねてしも取りあへたるやうなり。ものゝ師どもには白きひとかさね腰差などつぎつぎに賜ふ。中將の君には藤のほそなが添へて、女のさうぞくかづけ給ふ。御かへり、「昨日はねになきぬべくこそは、

  こてふにもさそはれなまし心ありて八重山ぶきをへだてざりせば」とぞありける。すぐれたる御らうどもにかやうの事は堪へぬにやありけむ。思ふやうにこそ見えぬ御くちつきどもなめれ。まことやかのみものゝ女房達宮のには皆けしきある贈物どもせさせ給うけり。さやうの事くはしければむつかし。明暮につけてもかやうのはかなき御遊しげく、心を遣りて過ぐし給へば、侍ふ人もおのづから物思ひなき心ちしてなむ、こなたかなたにも聞えかはし給ふ。

西の對の御方はかの踏歌の折の御對面の後はこなたにも聞えかはし給ふ。深き御心もちゐや、淺くもいかにもあらむ。氣色いとらうあり、懷しき心ばへと見えて、人の心へだつべくも物し給はぬ人のさまなれば、いづかたにも皆心よせ聞え給へり。聞え給ふ人いとあまたものし給ふ。されどおとゞおぼろけにおぼし定むべくもあらず。我が御心にもすくよかにおやがりはつまじき御心やそふらむ。父おとゞにも知らせやしてましなどおぼしよる折々もあり。殿の中將は少しけぢかくみすのもとなどにもよりて御いらへみづから聞え給ひなどするも、女はつゝましうおぼせど、さるべき程と人々も知り聞えたれば中將はすぐすぐしくて思ひもよらず。內のおほいどのゝ君達はこの君に引かれてよろづに氣色ばみわびありくを、そのかたのあはれにはあらでしたに心苦しうなむ。まことの親にさもしられ奉りにしがなと人しれず心にかけ給へれど、さやうにも漏らし聞え給はず。ひとへにうちとけたのみ聞え給ふ心むけなどらうたげに若やかなり。似るとはなけれど猶母君のけはひにいとゞ能くおぼえて、これはかどめいたる所添ひたる。ころもがへの今めかしう改れる頃ほひ、空の氣色などさへあやしうそこはかとなくをかしきをのどやかにおはしませば萬の御遊にて過ぐし給ふに、對の御方に人々の御文しげくなり行くを、おぼしゝことゝをかしうおぼいてともすれば渡り給ひつゝ御覺じ、さるべきには御かへりそゝのかし聞え給ひなどするを、うち解けず苦しいことにおぼひたり。兵部卿の宮の程なくいられがましきわびごとゞもを書き集め給へる御ふみを御覽じつけてこまやかに笑ひ給ふ。「早うより隔つることなうあまたのみこ達の御中に、この君をなむかたみにとり別きて思ひしに、唯かやうのすぢのことなむいみじう隔て思ひ給ひてやみにしを、世の末にかくすき給へる心ばへを見るがをかしうあはれにもおぼゆるかな。猶御かへりなど聞え給へ。少しもゆゑあらむ女のかのみこよりほかに又言の葉をかはすべき人こそ世におぼえね。いと氣色ある人の御さまぞや」と若き人はめで給ひぬべく聞え知らせ給へど、つゝましくのみおぼいたり。「右大將のいとまめやかにことごとしきさましたる人の、こひの山にはくじのたふれまねびつべき氣色に憂へたるもさる方にをかし」と皆見くらべ給ふ中に、唐のはなだの紙のいとなつかしうしみ深うにほへるを、いとほそくちひさく結びたるあり。「これはいかなればかくむすぼゝれたるにか」とて引きあけ給へり。手いとをかしうて、

 「思ふとも君はしらじなわきかへり岩もる水に色し見えねば」。書きざま今めかしうそぼれたり。「これはいかなるぞ」と問ひ聞え給へど、はかばかしう物も聞え給はず。右近召し出でゝ、「かやうに音づれ聞えむ人をば人えりいらへなどはせさせよ。すきずきしうあざれがましき今やうのことのびんないことしいでなどする、をのこのとがにしもあらぬことなり。われにて思ひしに、あななさけな、うらめしうもと、その折にこそむじんなるにや。もしはめざましかるべききはゝけやけうなどもおぼえけれ。わざと深からで花蝶につけたるたよりごとは心ねたうもてないたる、なかなか心だつやうにもあり。又さて忘れぬるは何のとがかはあらむ。物のたよりばかりのなほざりごとに口とう心えたるもさらでありぬべかりける後のなんとありぬべきわざなり。すべて女の物つゝみせず、心のまゝに物の哀も知り顏つくりをかしき事をも見知らむなむそのつもりあぢきなかるべきを、宮、大將はおほなおほななほざりごとをうち出で給ふべきにもあらず、又あまり物の程知らぬやうならむも御有樣に違へり。そのきはよりしもは心ざしのおもむきに隨ひてあはれをもわき給へ。らうをも數へ給へ」など聞え給へば、君はうち背きておはするそばめいとをかしげなり。なでしこの細長にこの頃の花の色なる御こうちきあはひけぢかう今めきて、もてなしなどもさはいへど田舍び給へりし名殘こそ唯ありにおほどかなるかたにのみは見え給ひけれ。人の有樣を見しり給ふまゝにいとさまようなよびかにけさうなども心してもてつけ給へれば、いとゞ飽かぬ所なく華やかに美しげなり。ことひとゝ見なさむはいとくち惜しかるべうおぼさる。右近もうちゑみつゝ見奉りて、親と聞えむには似げなう若くおはしますめり、さしならび給へらむはしもあはひめでたしかしと思ひ居たり。「更に人の御せうそこなどは聞え傅ふる事侍らず。さきざきもしろしめし御覽じたる三つ四つは引きかへしはしたなめ聞えむもいかゞとて御ふみばかり取り入れなどし侍るめれど、御かへりは更に聞えさせ給ふ折ばかりなむ。それをだに苦しいことにおぼいたる」と聞ゆ。「さてこの若やかにむすぼゝれたるはたがぞ。いといたうかいたる氣色かな」とほゝゑみて御覽ずれば、「かれはしふねくとゞめて罷りにけるにこそ。內のおほいどのゝ中將の、この侍ふみる子をもとより見知り給へりける傳へにて侍りける。又見いるゝ人も侍らざりしにこそ」と聞ゆれば、「いとらうたきことかな。下臈なりともかのぬしたちをばいかゞいとさははしたなめむ。公卿といへどこの人のおぼえに必ずしも並ぶまじきこそ多かれ。さる中にもいとしづまりたる人なり。おのづから思ひ合する世もこそあれ。けちえんにはあらでこそ言ひまぎらはさめ。見所あるふみかきかな」などとみにもうち置き給はず。「かう何やかやと聞ゆるをもおぼす所やあらむとやゝましきを、かのおとゞに知られ奉り給はむこともまだかう若々しう何となきほどにこゝら年經給へる御中に、さし出で給はむことはいかゞと思ひめぐらし侍る。猶世の人のあめるかたに定りてこそは人々しうさるべきついでもものし給はめと思ふを、宮はひとり物し給ふやうなれど人がらいといたうあだめいて通ひ給ふ所あまた聞え、めしうどゝかにくげなる名のりする人どもなむ數あまた聞ゆる。さやうならむことはにくげなうて見なほい給はむ人はいとようなだらかにもてけちてむ。小し心にくせありては、人にあかれぬべき事なむおのづから出で來ぬべきを、その御心づかひなむあるべき。大將は年經たる人のいたうねびすぎたるを厭ひがてらに求むなれど、それも人々煩はしがるなり。さもあべいことなればさまざまになむ人しれず思ひ定めかね侍る。かうざまのことは親などにもさわやかに我が思ふさまとて語り出で難きことなれど、さばかりの御齡にもあらず。今はなどか何事をも御心にはわい給はざらむ。まろを昔ざまになずらへて母君と思ひない給へ。御心に飽かざらむことは心苦しく」などいとまめやかにて聞え給へば、苦しうて御いらへ聞えむともおぼえ給はず。いと若々しきもうたて覺えて「何事も思ひしり侍らざりける程より親などは見ぬものに習ひ侍りて、ともかくも思う給へられずなむ」と聞え給ふさまのいとおいらかなれば、げにとおぼいて、「さらば世のたとひののちの親をそれとおぼいて、おろかならぬ心ざしのほども見顯しはて給ひてむや」などうち語らひ給ふ。おぼすさまのことはまばゆければえうち出で給はず。氣色あることばゝ時々まぜ給へど見しらぬさまなれば、すゞろにうち歎かれて渡り給ふ。おまへ近き吳竹のいと若やかに生ひたちて打ち靡くさま懷しきに、立ちとまり給ひて、

 「ませのうちに根深くうゑし竹のこのおのが世々にや生ひわかるべき。思へばうらめしかべいことぞかし」とみすを引き上げて聞え給へば、ゐざりいでゝ、

 「今さらにいかならむ世かわか竹のおひはじめけむ根をば尋ねむ。なかなかにこそ侍るらめ」と聞え給ふを、いとあはれとおぼしけり。さるは心のうちにはさも思はずかし、いかならむ折聞え出でむとすらむと心もとなくあはれなれど、このおとゞの御心ばへのいとありがたきを、親と聞ゆとももとより見馴れ給はぬはえかうしも細やかならずやと、昔物語を見給ふにもやうやう人の有樣世の中のあるやうを見しり給へば、いとつゝましう心としられ奉らむことはかたかるべうおぼす。殿はいとゞらうたしと思ひ聞え給ふ。うへにも語り申し給ふ。「あやしう懷しき人の有樣にもあるかな。かのいにしへのはあまりはるけ所なくぞありし。この君は物の有樣も見知りぬべく、けぢかき心ざまそひてうしろめたからずこそ見ゆれ」など譽め給ふ。たゞにしもおぼすまじき御心ざまを見知り給へればおぼしよりて、「物の心えつべくは物し給ふめるをうらなくしもうちとけ賴み聞え給ふらむこそ心苦しけれ」とのたまへば、「などたのもしげなくやはあるべき」と聞え給へば、「いでやわれにても又忍びがたう、物思はしき折々ありし御心ざまの思ひ出でらるゝふしぶしなくやは」とほゝゑみて聞え給へば、あな心どとおぼいて、「うたてもおぼしよるかな。いと見知らずしもあらじ」とて煩はしければのたまひさして、心のうちに人のかう推しはかり給ふにもいかゞはあるべからむとおほし亂れ、かつはひがひがしうけしからぬ我が心の程も思ひしられ給ひけり。心にかゝれるまゝにしばしば渡り給ひつゝ見奉り給ふ。雨のうち降りたる名殘のいと物しめやかなる夕つかた、御まへのわかゝへで、柏木などの靑やかに繁りあひたるが何となく心ちよげなる空を見いだし給ひて、「和して又淸し」とずじ給ひて、まづこの姬君の御さまのにほひやかげさをおぼし出でられて、例の忍びやかに渡り給へり。手習などしてうちとけ給へりけるを、起きあがり給ひて耻らひ給へる顏の色あひいとをかし。なごやかなるけはひのふと昔おぼし出でらるゝにも忍びがたくて、見そめ奉りしはいとかうしもおぼえ給はずと思ひしを、あやしう唯それかと思ひまがへらるゝ折々こそあれ。あはれなるわざなりけり。中將のさらに昔ざまのにほひにも見えぬならひにさしも似ぬものと思ふにかゝる人も物し給うけるよ」とて淚ぐみ給へり。箱の蓋なる御くだものゝなかに橘のあるをまさぐりて、

 「橘のかをりし袖によそふればかはれる身ともおもほえぬかな。世とともの心にかけて忘れ難きに慰むことなくて過ぎつる年頃を、かくて見奉るは夢にやとのみ思ひなすを、猶えこそ忍ぶまじけれ。おぼし疎むなよ」とて御手を執へ給へれば、女かやうにもならひ給はざりつるをいとうたておぼゆれど、おほどかなるさまにてものし給ふ。

 「袖の香をよそふるからに橘のみさへはかなくなりもこそすれ」。むつかしと思ひてうつぶし給へるさまいみじう懷しう手つきのつぶつぶと肥え給へる身なり。肌つきのこまやかに美しげなるになかなかなる物思ひそふ心ちし給ひて、今日は少し思ふ事聞えしらせ給ひける。女は心うくいかにせむとおぼえてわなゝかるゝ氣色もしるけれど、「何かかくうとましとはおぼいたる。いとよくもてかくして人に咎めらるべくもあらぬ心のほどぞよ。さりげなくてあひ思ひ給へ。淺くも思ひ聞えさせぬ心ざしに又そふべければ世にたぐひあるまじき心地なむするを、この音づれ聞ゆる人々には思しおとすべくやはある。いとかう深き心ある人は世にありがたかるべきわざなれば後めたくのみこそ」とのたまふ。いとさかしらなる御親心なりかし。雨はやみて風の竹になるほど華やかにさし出でたる月影をかしき夜のさまもしめやかなるに、人々はこまやかなる御物語に畏まりおきてけ近くも侍はず。常に見奉り給ふ御中なれど、かくよき折しもあり難ければ、ことに出で給へるついでの御ひたぶる心にや、懷しきほどなる御ぞどものけはひはいとようまぎらはしすべし給ひて近やかに臥し給へば、いと心うく人の思はむ事も珍らかにいみじうおぼゆ。まことの親の御あたりならましかば、おろかには見放ち給ふともかくざまの憂き事はあらましやと悲しきに、つゝむとすれどこぼれ出でつゝいと心苦しき御氣色なれば、「かうおぼすこそつらけれ。もてはなれ知らぬ人だに世のことわりにて皆ゆるすわざなめるを、かく年經ぬるむつましさにかばかり見え奉るや何のうとましかるべきぞ。これよりあながちなる心はよも見せ奉らじ。おぼろけに忍ぶるにあまる程を慰むるぞや」とてあはれげに懷しう聞え給ふ事多かり。ましてかやうなるけはひは唯昔の心ちしていみじうあはれなり。我が御心ながらもゆくりかにあはつけきこととおぼし知らるれば、いと能くおぼしかへしつゝ人もあやしと思ふべければいたう夜もふかさで出で給ひぬ。「思ひ疎み給はゞいと心うくこそあるべけれ。よその人はかうほれぼれしくはあらぬものぞよ。かぎなり底ひしらぬ心ざしなれば人の咎むべきさまにはよもあらじ。唯昔戀しきなぐさめにはかなき事も聞えむ。同じ心にいらへなどし給へ」といとこまやかに聞え給へど、我にもあらぬさましていとゞ憂しとおぼいたれば、「いとさばかりには見奉らぬ御心ばへをいとこよなくも憎み給ふべかめるかな」と歎き給ひて、「ゆめ氣色なくを」とて出で給ひぬ。女君も御年こそすぐし給ひにたる程なれ。世の中を知り給はぬ中にも少しうち世なれたる人の有樣をだに見知り給はねば、これよりけ近きさまにもおぼしよらず。思の外にもありける世かなと歎かしきにいと氣色もあしければ、人々「御心ち惱しげに見え給ふ」とてもてさわぎ聞ゆ。「殿の御氣色のこまやかにかたじけなくもおはしますかな。まことの御親と聞ゆとも更にかばかりおぼしよらぬことなくはもてなし聞え給はじ」など兵部なども忍びて聞ゆるにつけて、いとゞ思はずに心づきなき御心の有樣をうとましう思ひはて給ふにも身ぞ心うかりける。またのあした御文とくあり。嬉しがりて臥し給へれど人々御硯などまゐりて、「御返り疾く」と聞ゆればしぶしぶに見給ふ。しろき紙のうはべはおいらかにすくすくしきにいとめでたう書い給へり。「たぐひなかりし御氣色こそつらきしも忘れがたう、いかに人見奉りけむ。

  うちとけてねも見ぬものをわか草のことあり顏にむすぼゝるらむ。をさなくこそ物し給ひけれ」とさすがに親がりたる御ことばもいとにくしと見給ひて、御かへりごと聞えざらむも人めあやしければ、ふくよかなるみちのくに紙に、たゞ「うけ給はりぬ。みだり心地のあしうはべれば、聞えさせぬ」とのみあるに、かやうのけしきはさすがにすくよかなりとほゝゑみてうらみ所ある心地し給ふもうたてある御心かな。色に出だし給ひて後は、おほたの松のと思はせたることなく、むつかしく聞え給ふこと多かれば、いとゞ所せき心ちしておき所なき物思ひつきていとなやましうさへし給ふ。かくて事の心しる人はすくなうて、疎きも親しきもむげのおやざまに思ひ聞えたるを、かうやうの氣色の漏りいでばいみじう人わらはれにうき名にもあるべきかな、父おとゞなどの尋ねしり給ふにても、まめまめしき御心ばへにもあらざらむものから、ましていとあはつけう待ちきゝおぼさむことゝ萬にやすげなうおぼしみだる。宮、大將などは殿の御氣色もてはなれぬさまに傳へ聞き給ひていとねんごろに聞え給ふ。このいはもる中將もおとゞの御ゆるしを見てこそ、かたよりにほの聞きて誠のすぢをばしらず、唯ひとへに嬉しくておりたち恨み聞え惑ひありくめり。