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源氏物語 螢

源氏物語 螢 紫式部

このページはクリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0に従い、ウィキソースの蔵書『源氏物語 國分大觀 上』からのコピーを含みます。


今はかく公もおもおもしきほどによろづのどやかにおぼし靜めたる御有樣なれば、賴み聞えさせ給へる人さまざまにつけて皆思ふまゝに定まりたゞよはしからであらまほしくて過ぐし給ふ。對の姬君こそいとほしく思の外なるおもひそひていかにせむとおぼし亂るめれ。かのげんが憂かりしさまにはなずらふべきけはひならねど、かゝるすぢにかけても人の思ひより聞ゆべき事ならねば心一つにおぼしつゝさまことに疎ましと思ひきこえ給ふ。何事をもおぼし知りたる御齡なればとざまかうざまにおぼし集めつゝ、母君のおはせずなりにける口惜しさも又とりかへし惜しく悲しくおぼゆ。おとゞもうち出でそめ給ひてはなかなか苦しくおぼせど人めを憚り給ひつゝはかなき事をもえ聞え給はず。苦しくもおぼさるゝまゝに繁く渡り給ひつゝおまへの人遠くのどやかなる折はたゞならずけしきばみ聞え給ふごとに、胸潰れつゝけざやかにはしたなく聞ゆべきにはあらねば、唯見知らぬさまにもてなし聞え給ふ。人ざまのわらゝかにけ近く物し給へばいたくまめだちたる心ちし給へど、猶をかしくあいぎやうづきたるけはひのみ見え給へば兵部卿の宮などはまめやかにせめ聞え給ふ。御らうの程はいくばくならぬに、五月雨になりぬるうれへをし給ひて、「少しけ近きほどをだに許し給はゞ思ふことをも片はしはるけてしがな」と聞え給へるを殿御覽じて、「なにかはこのきんだちのすき給はむは見どころありなむかし。もてはなれてな聞え給ひそ」と敎へて、「御かえり時々聞え給へ」とて御かへり敎へて書かせ奉り給へど、いとうたておぼえ給へば、「みだり心ちあし」とて聞え給はず。人々も殊にやんごとなくよせおもきなどもをさをさなし。唯母君の御伯父なりける宰相ばかりの人のむすめにて心ばせなど口惜しからぬが世に衰へ殘りたるを尋ねとり給へるぞ宰相の君とて、手などもよろしく書き、大方もおとなびたる人なればさるべき折々の御返りなど書かせ給へば、召し出でゝことばなどのたまひて書かせ給ふ。物などのたまふさまをゆかしとおぼすなるべし。さうじみはかくうたてある物なげかしさの後はこの宮などは哀げに聞え給ふ時は少し見いれ給ふ時もありけり。何かと思ふにはあらず。かく心憂き御氣色見ぬわざもがなとさすがにざれたる所つきておぼしけり。殿はあいなくおのれ心げさうして宮を待ち聞え給ふも知り給はで、よろしき御返りなるを珍しがりていと忍びやかにておはしましたり。妻戶のまに御褥參らせてみ几帳ばかりを隔にて近きほどなり。いといたう心してそらだきもの心にくき程ににほはしてつくろひおはするさま、親にはあらでむつかしき御さかしら人のさすがにあはれに見え給ふ。宰相の君なども人のいらへ聞えむこともおぼえず、耻かしくて居たるを「うもれたり」とひきつみ給へばいとわりなし。夕闇過ぎておぼつかなき空の氣色の曇らはしきに、打ちしめりたる宮の御けはひもいとえんなり。內よりほのめく追風もいとゞしき御匂の立ち添ひたればいと深くかをり滿ちて、かねておぼしゝよりもをかしき御けはひを心とゞめ給ひけり。うち出でゝ思ふ心の程をのたまひ續けたる言の葉おとなおとなしく、ひたぶるにすきずきしくはあらでいとけはひ殊なり。おとゞいとをかしとほの聞きおはす。姬君は東おもてにひき入りて大殿籠りにけるを、宰相の君の御せうそこ傳へにゐざり入りたるにつけて「いとあまりあつかはしき御もてなしなり。萬の事ざまに隨ひてこそめやすけれ。ひたぶるに若び給ふべきさまにもあらず。この宮達をさへさし放ちたる人づてに聞え給ふまじきことなりかし。御聲こそ惜み給ふとも少しけ近くだにこそ」など諫め聞え給へど、いとわりなくて、ことつけてもはひ入り給ひぬべき御心ばへなれば、とざまかうざまに侘しければすべり出でゝ、もやのきはなる御几帳のもとにかたはらふし給へり。何くれと事長き御いらへ聞え給ふ事もなく思しやすらふに、寄り給ひて御几帳のかたびらをひとへうちかけ給ふにあはせて、さと光るもの、しそくをさし出でたるかとあきれたり。螢をうすきかたにこの夕つ方いと多く包みおきて光をつゝみ隱し給へりけるを、さりげなくとかくひきつくろふやうにて俄にかくけちえんに光れるに、あさましくて扇をさし隱し給へるかたはらめいとをかしげなり。おどろおどろしき光見えば宮も覗き給ひなむ。我がむすめとおぼすばかりのおぼえにかくまでのたまふなめり。人ざまかたちなどいとかくしもぐしたらむとはえ推しはかり給はじ。いとよくすき給ひぬべき心惑はさむと構へありき給ふなりけり。まことの我が姬君をばかくしももて騷ぎ給はじ。うたてある御心なりけり。ことかたよりやをらすべり出でゝ渡り給ひぬ。宮は人のおはする程さばかりと推しはかり給ふが、少しけぢかき御けはひするに、御心時めきせられ給ひてえならぬうすものゝかたびらのひまより見入れ給へるに、ひとまばかり隔てたる見渡しにかくおぼえなき光のうちほのめくををかしと見給ふ。程もなくまぎらはしてかくしつ。されどほのかなる光えんなることのつまにもしつべく見ゆ。ほのかなれどそびやかに臥し給へりつるやうだいのをかしかりつるを飽かずおぼして、げにあのごと御心にしみにけり。

 「なく聲も聞えぬ蟲のおもひだに人のけつにはきゆるものかは。思ひ知り給ひぬや」と聞え給ふ。かやうの御返しを思ひまはさむもねぢけたれば、ときばかりをぞ、

 「聲はせで身をのみこがす螢こそいふよりまさる思ひなるらめ」などはかなく聞えなして、御みづからはひきいり給ひにければ、いと遙にもてなし給ふうれはしさをいみじく恨み聞え給ふ。すきずきしきやうなれば居給ひもあかさで、軒の雫も苦しさにぬれぬれ夜深く出で給ひぬ。時鳥など必ず打ち鳴きけむかし。うるさければえこそ聞きもとゞめね。「御けはひなどのなまめかしさはいとよくおとゞの君に似奉り給へり」と人々もめで聞えけり。よべいとめおやだちて繕ひ給ひし御けはひを、うちうちは知らで「あはれにかたじけなし」と皆いふ。姬君はかくさすがなる御けしきを、我がみづからのうさぞかし、親などに知られ奉り、世の人めきたるさまにてかやうなる心ばへならましかば、などいと似げもなくもあらまし、人に似ぬ有樣こそ遂に世がたりにやならむとおきふしおぼしなやむ。さるは誠にゆかしげなきさまにはもてなしはてじとおとゞはおぼしけり。猶さる御心ぐせなれば、中宮などもいとうるはしくやは思ひ聞え給へる。ことに觸れつゝたゞならず聞え動しなどし給へど、やんごとなき方の及びなさに煩はしくており立ちあらはし聞え給はぬを、この君は人の御さまもけ近く今めきたるに、おのづから思ひ忍び難きに、をりをり人見奉りつけば疑ひおひぬべき御もてなしなどうちまじるわざなれど、ありがたくおぼし返しつゝさすがなる御中なりけり。五日にはうま塲のおとゞに出で給ひけるついでに渡り給へり。「いかにぞや、宮は夜やふかし給ひし。いたくもならし聞えじ。煩はしきけそひ給へる人ぞや。人の心やぶり物のあやまちすまじき人はかたくこそありけれ」など、いけみ殺しみ誡めおはする御さまつきせず若く淸げに見え給ふ。つやも色もこぼるばかりなる御ぞに薄き御直衣はかなく重れるあはひもいづこに加はれる淸らにかあらむ。この世の人の染め出したると見えず。常の色もかへぬあやめも今日は珍らかにをかしうおぼゆる。かをりなども思ふことなくはをかしかりぬべき御有樣かなと姬君はおぼす。宮より御文あり。白き薄樣にて御手はいとよしありて書きなし給へり。見る程こそをかしかりけれ、まねび出づればことなることなしや。

 「今日さへやひく人もなきみがくれに生ふるあやめのねのみながれむ」。ためしにもひき出でつべき根に結びつけ給へれば、今日の御返りなどそゝのかし置きて出で給ひぬ。これかれも「なほ」と聞ゆれば御心にもいかゞおぼしけむ。

 「あらはれていとゞ淺くも見ゆるかなあやめもわかず流れけるねの。わかわかしく」とばかりほのかにぞあめる。手を今少しゆゑづけたらばと、宮は好ましき御心に聊飽かぬことゝ見給ひけむかし。くす玉などえならぬさまにて所々より多かり。おぼし沈みつる年ごろの名殘なき御有樣にて心ゆるび給ふことも多かるに、同じくは人の傷つくばかりのことなくても止みにしがなといかゞおぼさゞらむ。殿は東の御かたにもさし覗き給ひて、「中將の今日のつかさの手つがひのついでにをのこども引きつれて物すべきさまにいひしを、さる心し給へ。まだあかき程にきなむものぞ。あやしくこゝにはわざとならず忍ぶることをも、このみこたちの聞きつけてとぶらひものし給へば、おのづからことごとしくなむあるを、用意し給へ」など聞え給ふ。うま塲のおとゞはこなたの廊より見とほすほど遠からず。「若き人々、わたどのゝ戶あけて物見よや。左のつかさにいとよしある官人多かる頃なり。せうせうの殿上人に劣るまじ」とのたまへば、物見むことをいとをかしと思へり。たいの御方よりもわらはべなど物見に渡り來て、廊の戶口にみす靑やかに懸け渡して今めきたるすそごの御几帳ども立てわたし、わらはしもづかへなどさまよふ。さうぶがさねのあこめふたあゐのうすものゝ汗衫着たるわらはべぞ西の對のなめる。このましくなれたるかぎり四人、しもづかへはあふちのすそごの裳、なでしこの若葉の色したるからぎぬ今日のよそひどもなり。こなたのは濃き單がさねになでしこがさねの汗衫などおほどかにておのおのいどみ顏なるもてなし見所あり。若やかなる殿上人などはめをたてつゝけしきばむ。ひつじの時ばかりに、馬塲のおとゞに出で給ひて、げにみこたちおはしつどひたり。てつがひのおほやけごとにはさま變りてすけたちかきつれ參りて、さまことに今めかしく遊び暮し給ふ。女は何のあやめも知らぬことなれど、舍人どもさへえんなるさうぞくをつくして、身をなげたる手惑はしなどを見るぞをかしかりける。南の町もとほしてはるばるとあれば、あなたにもかやうの若き人どもは見けり。たぎうらく、らくそんなど遊びてかちまけのらんざうどものゝしるも、夜に入りはてゝ何事も見えずなりはてぬ。舍人どもの祿品々たまはる。いたく更けて人々皆あがれ給ひぬ。おとゞはこなたに御殿籠りぬ。物語など聞え給ひて、「兵部卿の宮の、人よりはこよなく物し給ふかな。かたちなどはすぐれねど用意けしきなどいとよしあり、あいぎやうづきたる君なり。忍びて見給ひつや。よしといへどなほこそあれ」とのたまふ。「御弟にこそものし給へどねびまさりてぞ見え給ひける。年ごろかくをり過ぐさず渡りむつび聞え給ふと聞き侍れど、昔のうちわたりにてほのみ奉りし後おぼつかなしかし。いとよくこそかたちなどねびまさり給ひにけれ。そちのみこよく物し給ふめれどけはひ劣りて大君の氣色にぞものし給ひける」とのたまへば、ふと見知り給ひにけりとおぼせどほゝゑみて、なほあるをば善しとも惡しともかけ給はず、人の上をなむつけおとしめざまのこといふ人をばいとほしきものにし給へば、右大將などをだに心にくき人にすめるを何ばかりかはある。近きよすがにて見むは飽かぬ事にやあらむと見給へど、ことにあらはしてものたまはず。今は唯大かたの御むつびにておましなどもことことにて大殿ごもる。「などてかくはなれそめしぞ」と殿は苦しがり給ふ。大かたなにやかやともそばみ聞え給はで、年頃かく折ふしにつけたる御遊どもを人づてにのみ聞き給ひけるに、今日珍しかりつることばかりをぞ、この町のおぼえきらきらしとおぼしたる。

 「そのこまもすさめぬ草と名にたてる汀のあやめ今日やひきつる」とおほどかに聞え給ふ。なにばかりのことにもあらねどあばれとおぼしたり。

 「にほどりにかげをならぶる若駒はいつかあやめにひき別るべき」。あいたちなき御事どもなりや。「朝夕の隔あるやうなれど、かくて見奉るは心安くこそあれ」とたはぶれごとなれどのどやかにおはする人ざまなれば靜まりて聞えなし給ふ。ゆかをば讓り聞え給ひて御几帳引き隔てゝ大殿ごもる。けぢかくなどあらむすぢをばいと似げなかるべきことに思ひ離れ聞え給ふべければあながちにも聞え給はず。

長雨例の年よりもいたくして晴るゝ方なくつれづれなれば、御かたがた繪物語などのすさびにて明し暮し給ふ。明石の御方はさやうのことをもよしありてしなし給ひて、姬君の御方に奉り給ふ。西の對にはまして珍しくおぼえ給ふことのすぢなれば明暮書き讀みいとなみおはす。つきなからぬわかうどあまたあり。さまざまに珍らかなる人のうへなどを、まことにやいつはりにや言ひ集めたる中にも、我が有樣のやうなるはなかりけりと見給ふ。住吉の姬君のさしあたりけむ折はさるものにて、今の世のおぼえも猶心ことなめるに、かぞへのかみはほとほとしかりけむなどぞかのげんがゆゝしさをおぼしなぞらへ給ふ。殿はこなたかなたにかゝる物どもの散りつゝ御目に離れぬは、あなむつかし。女こそ物うるさがりせず人に欺かれむとうまれたるものなれ。こゝらの中に誠はいと少からむを、かつしるしるかゝるすゞろごとに心を移しはかられ給ひて、あつかはしきさみだれ髮の亂るも知らでかき給ふよ」とて笑ひ給ふものから、又「かゝる世のふることならではげに何をかまぎるゝことなきつれづれを慰めまし。さてもこのいつはりどもの中にげにさもあらむとあはれを見せ。つきづきしうつゞけたるはた、はかなしごとゝ知りながら徒らに心動き、らうたげなる姬君の物思へる見るにかた心つくかし。又いとあるまじきことかなと見るみるおどろおどろしくとりなしけるが、目驚きて靜に又聞くたびぞにくけれど、ふとをかしきふしあらはなるなどもあるべし。この頃幼き人の女房などに時々讀まするをたち聞けば、物よくいふものゝ世にあべきかな。そらごとをよくしなれたる口つきよりぞ言ひ出すらむとおぼゆれどさしもあらじや」とのたまへば、「げに僞りなれたる人やさまざまにさもくみ侍らむ。唯いと誠の事とこそ思ひ給へられけれ」とて硯をおしやり給へば、「こちなくも聞えおとしてけるかな。神代より世にあることを記し置きけるななり。日本紀などは唯かたそばぞかし。これらにこそみちみちしくくはしきことはあらめ」とて笑ひ給ふ。「その人の上とてありのまゝに言ひ出づることこそなけれ、善きも惡しきも世にふる人の有樣の見るにも飽かず聞くにもあまることを、後の世にも言ひ傅へさせまほしきふしぶしを心に籠め難くて言ひ置き始めたるなり。よきさまに言ふとてはよきことの限をえり出で、人にしたがはむとては又惡しきさまの珍しきことを取り集めたる、皆かたがたにつけたるこの世の外のことならずかし。人のみかどのざえつくりやうかはれる、同じやまとの國のことなれば昔今のに變るべし。深き事淺き事のけぢめこそあらめ、ひたぶるにそらごとゝ言ひはてむもことの心違ひてなむありける。佛のいとうるはしき心にて說き置き給へる御法も方便といふことありて、さとりなきものはこゝかしこたがふ疑ひを置きつべくなむ方等經の中に多かれど、いひもて行けば一つ胸に當りて、菩提と煩惱との隔たりなむこの人の善き惡しきばかりのことは變りける。よくいへばすべて何事も空しからずなりぬや」と物語をいとわざとのことにのたまひなしつ。「さてかゝるふる事のなかに、まろ、かやうにじほうなるしれものゝ物語はありや。いみじうけどほきものゝ姬君も、御心のやうにつれなくそらおぼめきしたるは世にあらじな。いざたぐひなき物語にして世に傳へさせむ」とさしよりて聞え給へば、顏をひき入れて、「さらずとも、かく珍らかなることは世語にこそはなり侍りぬべかめれ」とのたまへば、「珍らかにやおぼえ給ふ。げにこそまたなき心地すれ」とてより居給へるさまいとあざれたり。

 「思ひあまり昔のあとを尋ぬれど親にそむける子ぞたぐひなき。ふけうなるは佛の道にもいみじくこそいひたれ」とのたまへど、顏ももたげ給はねば、みぐしをかきやりつゝいみじう恨み給へば、からうじて、

 「ふるき跡をたづぬれどげになかりけりこの世にかゝる親の心は」と聞え給ふも心はづかしければいといたくも亂れ給はず。かくしていかなるべき御有樣ならむ。

紫の上も姬君の御あつらへにことつけて物語は捨て難く覺したり。こまのゝ物語の繪にてあるを、「いとよく書きたる繪かな」とて御覽ず。ちひさき女君の何心もなくて晝ねし給へる所を、昔の有樣おぼし出でゝ女君は見給ふ。「かゝるわらはどちだにいかにざれたりけり。まろこそ猶ためしにしつべく心のどけさは人に似ざりけれ」と聞え出で給へり。げにたぐひ多からぬ事どもは好み集め給へりけむかし。「姬君の御前にてこの世馴れたる物語などな讀み聞かせ給ひそ。みそか心つきたるものゝむすめなどは、をかしとにはあらねどかゝる事世にはありけりと見馴れ給はむぞゆゝしきや」とのたまふもこよなしと、對の御かた聞き給はゞ心置き給ひつべくなむ。うへ「心淺げなる人まねどもは見るにもかたはらいたくこそ。空穗の藤原の君の娘こそ、いとおもりかにはかばかしき人にてあやまちなかめれど、すくよかに言ひ出でたるしわざも女しき所なかめるぞひとやうなめる」とのたまへば、「うつゝの人もさぞあるべかめる。ひとびとしくたてたるおもむきことにて善き程に搆へぬや。よしなからぬ親の心とゞめておふしたてたる人の、こめかしきを生けるしるしにて後れたる事多かるは、何わざをしてかしづきしぞと、親のしわざさへ思ひやらるゝこそいとほしけれ。げにさいへど、その人のけはひよと見えたるはかひあり。おもたゞしかし。詞の限りまばゆく譽め置きたるに、しいでたるわざ言ひ出でたることの中にげにと見え聞ゆることなき、いと見劣りするわざなり。すべてよからぬ人にいかで人ほめさせじ」など、唯この姬君の點つかれ給ふまじくとよろづにおぼしのたまふ。まゝはゝの腹ぎたなき昔物語も多かるを、心見えに心づきなしとおぼせば、いみじくえりつゝなむ書き整へさせ繪などにも書かせ給ひける。中將の君をこなたにはけどほくもてなし聞え給へれど、姬君の御かたにはさし放ち聞え給はずならはし給ふ。「我が世のほどはとてもかくても同じごとなれど、なからむ世を思ひやるに猶みつき思ひしみぬる事どもこそ取りわきてはおぼゆべけれ」とて、南おもての御簾の內は許し給へり。だいばん所の女房の中は許し給はず。あまたおはせぬ御なからひにて、いとやむごとなくかしづき聞え給へり。大方の心もちゐなどもいとものものしく、まめやかに物し給ふ君なれば、うしろ安くおぼしゆづれり。まだいはけたるひゝな遊などのけはひの見ゆれば、かの人の諸共に遊びて過ぐしつゝ年月のまづ思ひ出でらるれば、ひゝなの殿の宮づかへいとよくし給ひて折々にうちしほたれ給ひけり。さもありぬべきあたりにははかなしごとものたまひふるゝはあまたあれど、賴みかくべくもしなさず。さる方になどかは見ざらむと、心とまりぬべきをもしひてなほざりごとにしなして、猶かの綠の袖を見えなほしてしがなと、思ふ心のみぞやんごとなきふしにはとまりける。あながちになどかゝづらひ惑はゞ倒るゝ方に許し給ひもしつべかめれど、つらしと思ひし折々いかで人にもことわらせ奉らむと思ひ置きし事忘れがたくて、さうじみばかりにはおろかならぬあはれをつくし見せて、大かたにはいられ思へらず。せうとの君達などもなまねたしなどのみ思ふこと多かり。對の姬君の御有樣を、右の中將はいと深く思ひしみていひよるたよりもいとはかなければ、この君をぞかこちよりけれど、「人の上にてはもどかしきわざなりけり」とつれなくいらへてぞ物し給ひける。昔の父おとゞたちの御なからひに似たり。內のおとゞは御子ども腹々いと多かるに、その生ひ出でたる覺え人がらに從ひつゝ心に任せたるやうなるおぼえいきほひにて又なくしたて給ふ。女はあまたもおはせぬを、女御もかくおぼしゝことのとゞこほり給ひ、姬君もかく事たがふさまにてものし給へば、いと口惜しとおぼす。かのなでしこを忘れ給はず物の折にも語り出で給ひしことなれば、「いかになりにけむ。物はかなかりける親の心にひかれて、らうたげなりし人をゆくへ知らずになりにたること、すべて女子といはむものなむ、いかにもいかにも目放つまじかりける。さかしらに我が子といひて、あやしきさまにてはふれやすらむ。とてもかくても聞え出でこばとあはれにおぼしわたる。君達にも、「若しさやうなる名のりする人あらば耳とゞめよ。心のすさびに任せてさるまじき事も多かりし中に、これは、いとしかおしなべてのきはには思はざりし人の、はかなき物うんじをして、かく少かりけるものゝくさはひ一つを失ひたる事の口惜しきこと」と常にのたまひ出づ。中ごろなどはさしもあらず打ち忘れ給ひけるを、人のさまざまにつけて女子かしづき給へるたぐひどもに、我がおもほすにしもかなはぬがいと心憂くほいなくおぼすなりけり。夢見たまひていと能くあはするもの召して合せ給ひけるに、「もし年ごろ御心にも知られ給はぬ御子を人のものになして聞しめし出づることや」と聞えたりければ、「女子の人の子になることはをさをさなし。いかなることにかあらむ」などこの頃ぞおぼしのたまふべかめる。