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源氏物語 若菜上

源氏物語 若菜上 紫式部

このページはクリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0に従い、ウィキソースの蔵書『源氏物語 國分大觀 下』からのコピーを含みます。

 

若菜上

朱雀院の帝ありしみゆきの後、そのころほひより例ならず惱み渡らせ給ふ。もとよりあつしくおはしますうちにこの度は物心細くおぼしめされて年比もおこなひのほい深きをきさいの宮のおはしましつる程はよろづ憚り聞えさせ給ひて今までおぼしとゞこほりつるを、猶そのかたに催すにやあらむ「世に久しかるまじき心地なむする」などのたまはせてさるべき御心まうけどもせさせ給ふ。御子達は春宮をおき奉りて女宮達なむ四所おはしましける。その中に藤壺と聞えしは先帝の源氏にぞおはしましける。まだ坊と聞えさせし時參り給ひて高き位にも定まり給ふべかりし人の、取り立てたる御うしろみも坐せず、母方もそのすぢとなく物はかなき更衣ばらにてものし給ひければ御まじらひの程も心細げにて、大后の內侍のかみを參らせ奉り給ひて傍にならぶ人なくもてなし聞え給ひなどせしほどにけおされて、帝も御心の中にいとほしきものには思ひ聞えさせ給ひながら、おりゐさせ給ひにしかばかひなく口惜しくて、世の中を怨みたるやうにてうせ給ひにし、その御腹の女三宮をあまたの御中にすぐれて悲しきものに思ひかしづき聞え給ふ。その程御年十三四ばかりにおはす。今はとそむきすてやまごもりしなむ後の世にたちとまりて誰をたのむかげにて物し給はむとすらむと、唯この御事をうしろめたくおぼしなげく。西山なる御寺造りはてゝ、移ろはせ 給はむほどの御いそぎをせさせ給ふにそへて、又この宮の御もぎのことをおぼしいそがせ給ふ。院の內にやんごとなくおぼす御たから物御調度どもをば更にもいはず、はかなき御遊物まで少しゆゑある限をば唯この御かたにと渡し奉らせ給ひて、そのつぎつぎをなむことみこたちには、御そうぶんどもありける。春宮は、かゝる御なやみに添へて世をそむかせ給ふべき御心づかひになむときかせ給ひて渡らせ給へり。母女御も添ひ聞えさせ給ひて參り給へり。すぐれたる御おぼえにしもあらざりしかど、宮のかくておはします御すくせの限なくめでたければ、年比の御物語細やかに聞えかはさせ給ひけり。宮にもよろづの事世を保ち給はむ御心づかひなど聞え知らせ給ふ。御年のほどよりはいとよくおとなびさせ給ひて、御後見どもゝ此方彼方かろがろしからぬなからひに物し給へば、いとうしろやすく思ひ聞えさせ給ふ。「この世にうらみ殘ることも侍らず。女宮達のあまた殘りとゞまる行くさきを思ひやるなむさらぬ別にもほだしなりぬべかりける。さきざき人のうへに見聞きしにも、女は心よりほかにあはあはしく人におとしめらるゝすくせあるなむいと口惜しく悲しき。いづれをも思ふやうならむ御世には、さまざまにつけて御心とゞめておぼし尋ねよ。その中にうしろみなどあるはさる方にも思ひゆづり侍り。三の宮なむいはけなきよはひにて唯一人をたのもしきものとならひて、うち捨てゝむ後の世にたゞよひさすらへむこといとゞうしろめたく悲しく侍り」と、御目おしのごひつゝ聞え知らせ給ふ。女御にも心うつくしきさまに聞え吿げさせ給ふ。されど母女御の人よりはまさりて時めき給ひしに、皆いどみかはし給ひし程、御なからひどもえうるはしからざりしかば、その名殘にてげに今はわざとにくしとはなくとも、誠に心とゞめて思ひうしろみむまではおぼさずもやとぞ推し量らるゝかし。朝夕にこの御事をおぼし歎く。年暮れ行くまゝに、御惱み誠に重くなりまさらせ給ひてみすのとにも出でさせ給はず、御ものゝけにて時々惱ませ給ふこともありつれど、いとかくうちはへをやみなきさまにはおはしまさゞりつるを、この度は猶限なりとおぼしめしたり。御位を去らせ給へれど、猶その世にたのみそめ奉り給へる人々は今も懷かしくめでたき御有樣を心やり所に參り仕うまつり給ふかぎりは心をつくして惜み聞え給ふ。六條院よりも、御とぶらひしばしばあり、みづからも參り給ふべきよし聞しめして院はいといたく喜び聞えさせ給ふ。中納言の君參り給へるをみすの內に召し入れて御物語こまやかなり。「故院の上の今はのきざみにあまた御遺言ありし中にこの院の御こと今の內の御ことなむとりわきてのたまひおきしを、おほやけとなりてことかぎりありければ內々の心よせは變らずながらはかなきことあやまりに心おかれ奉ることもありけむと思ふを、年頃ことにふれてその恨み殘し給へる氣色をなむ漏らし給はぬ。さかしき人といへど身の上になりぬればことたがひて心動き、必ずそのむくい見え、ゆがめることなむいにしへだに多かりける。いかならむをりにかその御心ばへほころぶべからむと世の人もおもむけ疑ひけるを、つひに忍び過ぐし給ひて春宮などにも心をよせ聞え給ふ。今はた又なく親しかるべき中となりむつびかはし給へるも限なく心には思ひながら、本性のおろかなるに添へてこの道の間に立ちまじり、かたくなゝるさまにやとて、なかなかよそのことに聞え放ちたるさまにて侍る。內の御事はかの御遺言違へず仕うまつりおきてしかば、かく末の世のあきらけき君としてきし方の御おもてぶせをもおこし給ふ、ほいのごといと嬉しくなむ。この秋の行幸の後、いにしへのこととり添へてゆかしくおぼつかなくなむおぼえ給ふ。たいめんに聞ゆべきことゞも侍り。必ず自らとぶらひものし給ふべきよし催し申し給へ」などうちしほたれつゝのたまはす。中納言の君、「過ぎ侍りにけむかたは、ともかくも思う給へわき難く侍り。年まかり入り侍りておほやけにも仕うまつり侍るあひだ世の中の事を見給へまかりありく程には、大小のことにつけても內々のさるべき物語などのついでにもいにしへのうれはしき事ありてなむなど、うちかすめ申さるゝ折は侍らずなむ。かくおほやけの御うしろみを仕うまつりさして靜なる思ひをかなへむと、ひとへに籠り居し後は、何事をも知らぬやうにて故院の御ゆゐごんの事もえ仕うまつらず、御位に坐しましゝ世には齡の程も身のうつはものも及ばず、かしこきかみの人々多くて、その志をとげて御覽ぜらるゝこともなかりき。今かくまつりごとをさりて靜におはします比ほひ心のうちをも隔なく、參りうけたまはらまほしきを、さすがに何となく所せき身のよそほひにておのづから月日を過ぐすことゝなむ折々歎き申し給ふ」など奏し給ふ。二十にもまだ僅なる程なれどいとよく整ひすぐしてかたちも盛ににほひていみじく淸らなるを、御目にとゞめてうちまもらせ給ひつゝ、このもて煩はせ給ふ姬宮の御うしろみにこれをやなど人知れずおぼしよりけり。「おほきおとゞのわたりに今は住みつかれにたりとな年頃心得ぬさまに聞きしがいとほしかりしを、耳やすきものからさすがに妬く思ふことこそあれ」とのたまはする御氣色を、いかにのたまはすることにかとあやしく思ひ迴らすに、この姬宮をかくおぼしあつかひてさるべき人あらばあづけて心安く世をも思ひ離ればやとなむおぼしのたまはすると、おのづから漏り聞き給ふたよりありければさやうのすぢにやとは思ひよれどふと心得顏にも何にかはいらへ聞えさせむ。「唯はかばかしくも侍らぬ身にはよるべもさぶらひ難くのみなむ」とばかり奏して止みぬ。女房などは覗きて見聞えて、「いとありがたくも見え給ふかたちよういかな。あなめでた」など集りて聞ゆるを、おいしらへるは、「いでさりともかの院のかばかりにおはせし御有樣にはえなずらへきこえ給はざめり。いと目もあやにこそ淸らに物し給ひしか」などいひしろふを聞しめして「誠にかれはいとさま異なりし人ぞかし。今は又その世にもねびまさりて光るとはこれをいふべきにやと見ゆるにほひなむいとゞ加はりにたる。うるはしだちてはかばかしきかたに見ればいつくしくあざやかに目も及ばぬ心地するを、又打ち解けてたはぶれごとをもいひ亂れ遊べばそのかたにつけては似るものなくあいぎやうづきなつかしくうつくしきことのならびなきこそ世にありがたけれ。何事にもさきの世推し量られて珍らかなる人の有樣なり。宮の內におひ出でゝ帝王のかぎりなく悲しきものにし給ひ、さばかりなでかしづき身にかへておぼしたりしかど、心のまゝにもおごらずひげして二十がうちには納言にもならずなりにきかし。ひとつあまりてや宰相にて太將かけ給へりけむ。それに、これはいとこよなく進みにためるは次々のこのおぼえのまさるなめりかし。誠にかしこきかたのざえ心もちゐなどはこれもをさをさ劣るまじくあやまりてもおよすげまさりたる覺えいと殊なめり」などめでさせ給ふ。「姬宮のいと美しげにて若く何心なき御有樣なるを見奉り給ふにも、見はやし奉りかつは又かたおひならむことをば見隱し敎へ聞えつべからむ人の後安からむにあづけ聞えばや」など聞え給ふ。おとなしき御乳母ども召し出でゝ御もぎの程の事などのたまはするついでに、「六條のおとゞの、式部卿のみこのむすめおぼしたてけむやうにこの宮を預かりてはぐゝまむ人もがな。たゞ人の中にはあり難し。內には中宮さぶらひ給ふ。次々の女御達とてもいとやんごとなき限物せらるゝにはかばかしきうしろみなくてさやうのまじらひいとなかなかならむ。この權中納言朝臣の一人ありつる程に打ちかすめてこそ心みるべかりけれ。若けれどいときやうざくにおひさきたのもしげなる人にぞあめるを」とのたまはす。「中納言はもとよりいとまめ人にて、年頃もかのわたりに心をかけてほかざまに思ひうつろふべくも侍らざりけるに、その思ひかなひては、いとゞゆるぐかた侍らじ。かの院こそなかなか猶いかなるにつけても人をゆかしくおぼしたる心は絕えずものせさせ給ふなれ。その中にもやんごとなき御願ひ深くて前齋院などをも今に忘れがたくこそ聞え給ふなれ」と申す。「いでそのふりせぬあだけこそはいと後めたけれ」とはのたまはすれど、げにあまたのなかにかゝづらひてめざましかるべき思ひはありとも、猶やがて親ざまに定めたるにて、さもや讓り置き聞えましなどもおぼしめすべし。「誠に少しも世づきてあらせむと思はむ女子もたらば同じくはかの人のあたりにこそは、ふればはせまほしけれ。いくばくならぬこの世のあひだはさばかり心ゆく有樣にてこそすぐさまほしけれ。われ女ならば同じはらからなりとも必ずむつびよりなまし。若かりし時などさなむおぼえし。まして女のあざむかれむはいとことわりぞや」とのたまはせて、御心のうちにかんの君の御こともおぼし出でらるべし。この御うしろみどものなかに、おもおもしき御乳母のせうと左中辨なるかの院の親しき人にて年比仕うまつるありけり。この宮にも心よせことにてさぶらへば、參りたるにあひて物語するついでに「上なむしかじか御氣色ありて聞え給ひしをかの院にをりあらば漏し聞えさせ給へ。御子達は一人おはしますこそは例のことなれど、さまざまにつけて心よせ奉り、何事につけても御うしろみし給ふ人あるはたのもしげなり。上を置き奉りて又眞心に思ひ聞え給ふべき人もなければ、おのれは仕うまつるとても何ばかりの宮仕にかあらむ。我が心ひとつにしもあらでおのづから思の外のこともおはしまし、かるがるしき聞えもあらむ時にはいかさまにかは煩しからむ。御覽ずる世にともかくもこの御事定りたらば仕うまつりよくなむあるべき。賢きすぢと聞ゆれど女はいとすくせ定めがたくおはしますものなれば、よろづになげかしくかく夥多の御中に取りわき聞えさせ給ふにつけても、人の猜みあべかめるをいかでちりもすゑ奉らじ」と語らふに、辨「いかなるべき御ことにかあらむ。院は怪しきまで御心ながく、かりにても見そめ給へる人は御心とまりたるをも、又さしも深からざりけるをも、方々につけて尋ねとり給ひつゝ數多つどへ聞え給へれど、やんごとなくおぼしたるはかぎりありて、ひとかたなめればそれにことよりて、かひなげなる住まひし給ふ方々こそは多かめるを、御すくせありて若しさやうにおはしますやうもあらば、いみじき人と聞ゆとも立ち並びておしたち給ふことは得あらじとこそは推し量らるれど、猶いかゞと憚らるゝ事ありてなむ覺ゆる。さるはこの世のさかえ末の世に過ぎて身に心もとなきことはなきを、女のすぢにてなむ人のもどきをもおひ我が心にも飽かぬこともあるとなむつねにうちうちのすさびごとにもおぼしのたまはするに、げにおのれらが見奉るにもさなむおはします。かたがたにつけて御かげに隱し給へる人皆その人ならず、立ち下れるきはには物し給はねど、限あるたゞ人どもにて院の御ありさまに並ぶべきおぼえ具したるやはおはすめる。それに同じくは實にさもおはしまさばいかにたぐひたる御あはひならむ」と語らふを、乳母又ことのついでに「然々なむなにがしの朝臣にほのめかし侍りしかば、かの院には必ずうけひき申させ給ひてむ、年比の御ほ意かなひておぼしぬべきことなるを、こなたの御ゆるし誠にありぬべくは傅へ聞えむとなむ申し侍りしを、いかなるべきことにかは侍らむ、ほどほどにつけてひとのきはきはおぼしわきまへつゝ、ありがたき御心ざまにものし給ふなれど、たゞ人だに又かゝづらひ思ふ人たちならびたることは人の飽かぬことにし侍るめるを、めざましきこともや侍らむ、御うしろみ望み給ふ人々は數多ものし給ふめり。よくおぼしめし定めてこそよく侍らめ。限なき人と聞ゆれど今の世のやうとては皆ほがらかにあるべかしく、世の中を御心とすぐし給ひつべきもおはしますべかめるを、姬宮はあさましく覺束なく心もとなくのみ見えさせ給ふにさぶらふ人々は仕うまつるかぎりこそ侍らめ。大方の御心おきてにしたがひ聞えてさかしきしも人もなびき侍ふこそたよりあることには侍らめ。取り立てたる御うしろみものし給はざらむは猶心細きわざになむ侍るべき」と聞ゆ。「しか思ひたどるによりなむ。御子達の世づきたる有樣はうたてあはあはしきやうにもあり。又高ききはといへども女は男に見ゆるにつけてこそくやしげなることもめざましき思ひも、おのづからうちまじるものなめれど、かつは心苦しく思ひ亂るゝを、又さるべき人に立ちおくれて賴むかげどもに別れぬるのち心を立てゝ世の中に過ぐさむことも、昔は人の心たひらかにて世に許さるまじき程のことをば思ひ及ばぬものとならひたりけむ。今の世にはすきずきしく亂りがはしきことも、るゐに觸れて聞ゆめりかし。昨日まで高き親の家にあがめられかしづかれし人のむすめの、今日はなほなほしく降れるきはのすきものどもになほたちあざむかれて、なき親のおもてをふせ影を辱むるたぐひ多く聞ゆる、いひもて行けば皆おなじことなり。程々につけて宿世などいふなることは知りがたきわざなればよろづにうしろめたくなむ。總て惡しくも善くもさるべき人の心に許し置きたるまゝにて世の中を過ぐすは宿世宿世にて後の世に衰へあるときもみづからのあやまちにはならず。ありへてこよなきさいはひあり、めやすきことになるをりは、かくてしもあしからざりけりと見ゆれど、なほたちまちにふと打ち聞きつけたる程は、親に知られずさるべき人も許さぬに心づからの忍びわざし出でたるなむ、女の身にはますことなききずと覺ゆるわざなる。なほなほしきたゞ人のなからひにてだにあはつけく心づきなきことなり。みづからの心より離れてあるべきにもあらぬを思ふ心より外に人にも見え宿世の程定められむなむ、いとかろがろしく身のもてなしありさまおしはからるゝことなるを、怪しく物はかなき心ざまにやと見ゆめる御さまなるを、これかれの心にまかせてもてなし聞ゆる〈なイ〉さやうなる事の世にもり出でむこといと憂きことなり」など、見捨てまつり給はむのちの世をうしろめたげに思ひ聞えさせ給へれば、いよいよ煩はしくおもひあへり。「今すこしものをも思ひ知り給ふ程まで見過ぐさむとこそは年頃念じつるを、深きほ意も遂げずなりぬべき心地のするに思ひ催されてなむ。かの六條のおとゞはげにさりともものゝ心えてうしろ安き方はこよなかりなむを、かたがたに數多ものせらるべき人々を知るべきにもあらずかし。とてもかくても人の心からなり。のどかにおち居て大かたの世のためしとも、うしろ安き方は並びなくものせらるゝ人なり。さらでよろしかるべき人誰ばかりかはあらむ。兵部卿宮人がらはめやすしかし。同じすぢにてこと人とわきまへおとしむべきにはあらねど、あまりいたくなよびよしめく程に、重き方おくれて少しかろびたる覺えや進みにたらむ。なほさる人はいとたのもしげなくなむある。又大納言の朝臣の家づかさのぞむなる、さるかたにものまめやかなるべきことにはあなれどさすがにいかにぞや。さやうにおしなべたるきはゝ猶めざましくなむあるべき。昔もかやうなるえらひには何事も人にことなる覺えあるに、ことよりてこそありけれ。唯ひとへにまたなく用ゐむばかりを、賢きことに思ひ定めむはいと飽かず口惜しかるべきわざになむ。右衞門督のしたにわぶなるよし、ないしのかみものせられしその人ばかりなむ、位など今少しものめかしき程になりなば、などかはとも思ひよりぬべきを、まだ年いと若くむげにかろびたる程なり。高き志深くてやもめずみにて過ぐしつゝいたくしづまり思ひあがれる氣色人にはぬけてざえなどもこともなく遂には世のかためとなるべき人なれば、行く末もたのもしけれど、猶又この爲にと思ひはてむにはかぎりぞあるや」と萬におぼし煩ひたり。かやうにもおぼしよらぬ姉宮達をばかけても聞えなやまし給ふ人もなし。怪しく內々にのたまはする御さゝめきごとゞもの、おのづからことひろごりて心を盡す人々多かりけり。おほきおとゞもこの衞門督の今まで一人のみありて御子達ならずはえじと思へるを、かゝる御定めども出で來たなる折に、さやうにもおもむけ奉りて召しよせられたらむ時、いかばかり我が爲にもめんぼくありて嬉しからむとおぼしのたまひて、內侍のかんの君にはかの姉の北の方して傳へ申し給ふなりけり。よろづかぎりなき言の葉を盡して奏せさせ御氣色たまはらせ給ふ。兵部卿宮は左大將の北の方を聞えはづし給ひて聞き給ふらむ所もあり。かたほならむことはとえり過ぐし給ふにいかゞは御心の動かざらむ。限なくおぼしいられたり。藤大納言は年比院のべたうにて親しく仕うまつりて侍ひなれにたるを、御山籠りし給ひなむ後、より所なく心ぼそかるべきを、この宮の御うしろみにことよせてかへりみさせ給ふべく、御氣色せちにたまはり給ふなるべし。權中納言もかゝることゞもを聞き給ふに、人づてにもあらずさばかりおもむけさせ給へりし御氣色を見奉りてしかば、おのづからたよりにつけて漏らし聞し召さする事もあらば、よももてはなれてはあらじかしと心時めきもしつべけれど、女君の今はと打ち解けて賴み給へるを年比つらきにもことづけつべかりしほどだに、ほかざまの心もなくて過ぐしてしを、あやにくに今更に立ちかへりにはかにものをや思はせ聞えむ。なのめならずやんごとなき方にかゝづらひなば、何事も思ふまゝならで左みぎに安からずは、我が身も苦しくこそはあらめ。もとよりすきずきしからぬ心なれば、思ひしづめつゝ打ち出でねど、さすがにほかざまに定まりはて給はむもいかにぞや覺えて耳はとまりけり。春宮にもかゝる事ども聞し召してさしあたりたる只今のことよりも後の世のためしともなるべきことなるをよくおぼしめし廻らすべきことなり。人がらよろしとてもたゞ人はかぎりあるを、なほしかおぼしたつことならばかの六條院にこそ親ざまに讓り聞えさせ給はめとなむ、わざとの御せうそこにはあらねど、御氣色ありけるを、まち聞かせ給ひてもげにさることなり。いとよくおぼしのたまはせたりといよいよ御心だゝせたまひて、まづかの辨してぞかつがつあないつたへ聞えさせ給ひける。この宮の御ことかくおぼし煩ふさまはさきざきも皆聞き置き給へれば、「心苦しき御事にもあなるかな。さはありとも院の御世ののこりすくなしとて、こゝに又いくばく立ち後れ奉るべきとてかその御うしろみの事をば受け取り聞えむ。げに次第をあやまたぬにて今しばしの程も殘りとまるかぎりあらば、大かたにつけてはいづれの御子達をもよそに聞き放ち奉るべきにもあらねど、又かくとりわきて聞きおき奉りてむをば殊にこそはうしろみ聞えめと思ふを、それだにいと不定なる世の定めなりや」とのたまひて「ましてひとへに賴まれ奉るべきすぢにむつびなれ聞えむことはいとなかなかに打ち續き、世を去らむきざみ心苦しくみづからのためにも淺からぬほだしになむあるべき。中納言などは年若くかるがるしきやうなれど行く先遠くて人がらも遂におほやけの御うしろみともなりぬべきおひさきなめれば、さもおぼしよらむになどかこよなからむ。されどいといたくまめだちて思ふ人定まりにてぞあめれば、それに憚らせ給ふにやあらむ」などのたまひてみづからはおぼしはなれたるさまなるを、辨はおぼろげの御定めにもあらぬをかくのたまへばいとほしくも口惜しくも思ひて、うちうちに覺え立ちにたるさまなど委しく聞ゆれば、さすがに打ちゑみつゝ、「いと悲しくし奉り給ふ御子なめればあながちにかくきし方行く先のたどりも深きなめりかしな。唯內にこそ奉り給はめ。やんごとなきまづの人々おはすといふことはよしなきことなり。それにさはるべきことにもあらず。必ずさりとて末の人愚なるやうもなし。故院の御時に、大后の坊の始の女御にていきまき給ひしかどむげの末に參り給へりし、入道宮にしばしはおされ給ひにきかし。この御子の御母女御こそはかの宮の御はらからにものし給ひけめ。かたちもさしつぎにはいとよしといはれ給ひし人なりしかばいづかたにつけてもこの姬宮おしなべてのきはにはよもおはせじを」などいぶかしくは思ひ聞え給ふべし。

年も暮れぬ。朱雀院には御心地猶をこたるさまにもおはしまさねば萬あわたゞしくおぼし立ちて、御もぎのことおぼしいそぐさま、きし方行くさきありがたげなるまでいつくしくのゝしる。御しつらひはかへ殿の西面に御几帳よりはじめてこゝの綾錦をばまぜさせ給はず、もろこしの后の飾をおぼしやりて麗しくことごとしく輝くばかりとゝのへさせ給へり。御腰ゆひにはおほきおとゞをかねてより聞えさせ給へりければ、ことごとしくおはする人にて參りにくゝおぼしけれど、院の御事を昔より背き申し給はねば參り給ふ。今二所のおとゞ達そののこりの上達部などは、わりなきさはりあるもあながちにためらひ助けつゝ參り給ふ。御子達八人殿上人はた更にもいはず、內春宮も殘らず參りつどひていかめしき御いそぎの響きなり。院の御事はこの度こそとぢめなれとみかど春宮を初め奉りて心苦しく聞し召しつゝ、藏人所をさめどのゝからものども多く奉らせ給へり。六條院よりも御とぶらひいとこちたし。贈物ども人々の祿尊者の大臣の御引出物など、かの院よりぞ奉らせ給ひける。中宮よりも御さうぞく櫛の箱心ことにてうせさせ給ひて、かのむかしの御ぐしあげの具故あるさまに改めくはへてさすがにもとの心ばへもうしなはず、それと見せて、その日の夕つ方奉らせ給ふ。宮の權のすけ、院の殿上にも侍ふを御使にて、姬宮の御方に參らすべくのたまはせつれどかゝることぞ中にありける。

 「さしながら昔を今につたふれば玉のをぐしぞかみさびにける」。院御覽じつけて哀におぼし出でらるゝことゞもありけり。あえものけしうはあらじと讓り聞え給へる程、げにおもだゝしきかんざしなれば、御返りも昔のあはれをばさし置きて、

 「さしつぎにみるものにもが萬世をつげのをぐしのかみさぶるまで」とぞ喜び聞え給へる。御心地いと苦しきを念じつゝおぼしおこしてこの御いそぎはてぬれば三日すぐして遂に御ぐしおろし給ふ。よろしき程の人の上にてだに今はとてさまかはるは悲しげなるわざなれば、ましていと哀げに御方々もおぼしまどふ。內侍のかんの君はつと侍ひ給ひていみじくおぼしいりたるをこしらへかね給ひて、子を思ふ道はかぎりありけり、かく思ひしみ給へるわかれの堪へ難くもあるかなとて、御心亂れぬべけれど、あながちに御けうそくにかゝり給ひて、山の座主より始めて御いむことの阿闍梨三人さぶらひてほふぶくなど奉る程、この世を別れ給ふ御作法いみじく悲し。今日は世を思ひすましたる僧達などだに淚も得とゞめねば、まして女宮達女御更衣こゝらの男女かみしもゆすりみちて泣きとよむに、いと心あわたゞしう、かゝらでしづやかなる所にやがて籠るべく覺しまうけけるほ意だかひておぼしめさるゝも、唯この幼き宮にひかされてとおぼしのたまはす。內より始め奉りて御とぶらひのしげさいと更なり。六條院も少し御心地よろしくと聞き奉らせ給ひて參り給ふ。御たうばりのみふなどこそ皆同じごとおりゐの帝とひとしく定まり給へれど、まことの太上天皇の儀式にはうけばり給はず。世のもてなし思ひ聞えたるさまなどは心ことなれど、殊更にそぎ給ひて、例のことごとしからぬ御車に奉りて上達部などさるべきかぎり車にてぞ仕うまつり給へる。院にはいみじく待ち悅び聞えさせ給ひて、苦しき御心をおぼしつよりて御對面あり。麗しきさまならず唯おはします方におましよそひくはへて入れ奉り給ふ。かはり給へる御有樣見奉り給ふに、きし方行くさきかきくれて悲しくとゞめがたくおぼさるれば、とみにもえためらひ給はず。「故院におくれ奉りしころほひより世の常なく思ひ給へられしかばこの方の本意深く進み侍りにしを心弱く思う給へてたゆたふことのみ侍りつゝ、つひにかく見奉りなし侍るまでおくれ奉りぬる心のぬるさを恥しく思う給へらるゝかな。身にとりてはことにもあるまじく思う給へたち侍るをりをりあるを、更にいと忍びがたきこと多かりぬべきわざにこそ侍りけれ」となぐさめがたくおぼしたり。院も物心ぼそくおぼさるゝに得心づよからず打ちしほたれ給ひつゝいにしへ今の御物語いと弱げに聞えさせ給ひて、「今日か明日かと覺え侍りつゝ、さすがに程經ぬるを打ちたゆみて、深きほ意のはしにてもとけずなりなむことゝ思ひおこしてなむ。かくても殘りの齡なくばおこなひの志もかなふまじけれどまづかりにてものどめおきて念佛をだにと思ひ侍る。はかばかしからぬ身にても世にながらふること唯このこゝろざしにひきとゞめられたると思う給へ知られぬにしもあらぬを今までつとめなきをこたりをだに安からずなむ」とて、おぼしおきてたるさまなど委しくのたまはする序に「女御子たちを數多うち拾て侍りなむ、心苦しき中にも又思ひ讓る人なきをば取りわきてうしろ見煩ひ侍る」とてまほにはあらぬ御氣色を心苦しと見奉り給ふ。御心のうちにもさすがにゆかしき御有樣なればおぼしすぐしがたくて「げにたゞ人よりもかゝるすぢは、わたくしざまの御後見なきは口惜しげなるわざになむ侍りける。春宮かくておはしませばいとかしこき末の世のまうけの君と天の下のたのみ所にあふき聞えさするを、ましてこの御事と聞き置かせ給はむことは、ひとことゝしておろそかにかろめ申し給ふべきには寺らねば、更に行く先の事おぼし惱むべきにも侍らねど、げにことかぎりあればおほやけとなり給ひ世の政御心にかなふべしとはいひながら、女の御ためになにばかりのけざやかなる御心よせあるべきにも侍らざりけり。すべての女の御ためにはさまざま誠の御後見とすべきものは猶さるべきすぢに契をかはし、えさらぬことにはぐゝみ聞ゆる御まもりめ侍るなむ後ろ安かるべきことに侍るを、なほしひてのちの世の御疑殘るべくばよろしきに思し選びて忍びてさるべき御あづかりを定め置かせ給ふべきになむ侍る」と奏し給ふ。「さやうに思ひよること侍れどそれもかたきことになむありける。いにしへのためしを聞き侍るにも世をたもつさかりのみこにだに人を選びてさるさまのことをし給へるたぐひ多かりけり。ましてかく今はとこの世を離るゝきはにてことごとしく思ふべきにもあらねど、又しかすつる中にも捨てがたきことありてさまざまに思ひ煩ひ侍る程に病は重りゆく。又とりかへすべきにもあらぬ月日の過ぎ行けば、心あわたゞしくなむ。かたはらいたきゆづりなれどこのいはけなき內親王ひとりとりわきてはぐゝみおぼしてさるべきよすがをも御心におぼし定めて預け給へと聞えまほしきを、權中納言などのひとり物しつる程に進みよるべくこそありけれ。おほいまうちぎみにせんせられてねたく覺え侍る」と聞え給ふ。「中納言朝臣まめやかなる方は、いとよく仕うまつりぬべく侍るを何事もまだ淺くてたどり少くこそ侍らめ、かたじけなくとも深き心にて後見聞えさせ侍らむに、おはします御かげに變りてはおぼされしを、唯行く先短くて仕うまつりさすことや侍らむと、疑はしき方のみなむ心苦しく侍るべき」とうけひき申し給ひつ。夜に入りぬればあるじの院方もまらうどの上達部達も、皆御前にて御あるじのこと、さうじものにてうるはしからずなまめかしくせさせ給へり。院の御前にせんかうのかけばんに御鉢など昔に變りて參るを人々淚おしのごひ給ふ。哀なるすぢのことゞもあれどうるさければかゝず。夜ふけてかへり給ふ。祿どもつぎつぎに賜ふ。別當大納言も御送に參り給ふ。あるじの院は、今日の雪にいとゞ御風くはゝりてかき亂り惱ましくおぼさるれどこの宮の御事聞え定めつるを心安くおぼしけり。六條院はなま心苦しうさまざまおぼし亂る。紫の上もかゝる御定めなどかねてもほのぎゝ給ひけれど、さしもあらじ、前齋院をもねんごろに聞え給ふやうなりしかど、わざともおぼし遂げずなりにしをなどおぼして、さることやあるともとひ聞え給はず何心もなくておはするにいとほしく、この事をいかにおぼさむ、我が心はつゆも變るまじく、さることあらむにつけてはなかなかいとゞ深さこそまさらめ、見定め給はざらむ程いかに思ひ疑ひ給はむなど安からずおぼさる。今の年比となりてはましてかたみにへだて聞え給ふことなく、あはれなる御中なれば、しばし心に隔て殘したることあらむもいぶせきを、その夜は打ち休みてあかし給ひつ。又の日雪打ち降り空の氣色も物哀に過ぎにし方行く先の御物語聞えかはし給ふ。「院のたのもしげなくなり給ひにたる御とぶらひに參りて哀なる事どものありつるかな。女三の宮の御ことをいと捨てがたげにおぼしてしかじかなむのたまはせつけしかば、心苦しくて得聞えいなびずなりにしを、ことごとしくぞ人はいひなさむかし。今はさやうのこともうひうひしくすさまじく思ひなりにたれば、人づてに氣色ばませ給ひしには、とかく遁れ聞えしを、對面のついでに心ふかきさまなることゞもをのたまひつゞけしには、えすくずくしくもかへさひ申さでなむ。深き御山ずみにうつろひ給はむ程にこそは、わたし奉らめ。あぢきなくや思さるべき。いみじきことありともさだめある世に變ることは更にあるまじきを、心なおき給ひそよ。かの御ためこそ心苦しからめ。それもかたはならずもてなしてむ。たれもたれものどかにて過ぐし給はゞ」など聞え給ふ。はかなき御すさびごとをだにめざましきものにおぼして心安からぬ御心ざまなれば、いかゞおぼさむとおぼすに、いとつれなくて「哀なる御ゆづりにこそはあなれ。こゝにはいかなる心を置き奉るべきにか。めざましくかくてはなど咎めらるまじくは心安くても侍りなむを、かの母女御の御かたさまにても疎からずおぼしかずまへてむや」と、ひげし給ふを、「あまりかう打ち解け給ふ御ゆるしもいかなればとうしろめたくこそあれ。誠はさだにおぼし許して我れも人も心得てなだらかにもてなし過ぐし給はゞ、いよいよあはれになむひがこと聞えなどせむ。人のこと聞き入れ給ふな。すべて世の人のくちといふものなむ、たがいひ出づることゝもなく、おのづから人のなからひなど打ちほゝゆがみ思はずなる事出でくるものなめるを、心ひとつにしづめてありさまにしたがふなむよき。まだきに騷ぎてあいなき物恨みし給ふな」といとよくをしへ聞え給ふ。心のうちにも、かく空より出で來にたるやうなることにてのがれ給ふかたなきをにくげにも聞えなさじ。我が心に憚り給ひ諫むることに隨ひ給ふべきおのがどちの心よりおこれる懸想にもあらず、せかるべき方なきものからをこがましく思ひむすぼゝるゝさま世の人にもり聞えじ、式部卿宮の大北の方常にうけはしげなることゞもをのたまひ出でつゝ、あぢきなき大將の御ことにてさへ怪しく恨みそねみ給ふなるを、かやうに聞きて、いかにいちじるく思ひあはせ給はむなど、おいらかなる人の御心といへどいかでかはかばかりのくまはなからむ。今はさりともとのみ我が身を思ひあがりうらなくて過しける世の人笑へならむことをしたには思ひつゞけ給へど、いとおひらかにのみもてなし給へり。

年もかへりぬ。朱雀院には、姬宮六條院にうつろひ給はむ御いそぎをし給ふ。聞え給ひつる人々いと口惜しくおぼしなげく。內にも御心ばへありて聞え給ひける程に、かゝる御定めを聞し召しておぼしとまりにけり。さるは今年ぞ四十ぢになり給ひければ、御賀のことおほやけにも聞し召し過ぐさず、世の中のいとなみにてかねてより響くを、ことのわづらひ多く、嚴めしきことは昔より好み給はぬ御心にて皆かへさひ申し給ふ。正月廿三日子の日なるに左大將殿の北の方若菜まゐり給ふ。かねて氣色も漏し給はでいといたく忍びておぼし設けたりければ俄にて得諫め返し聞え給はず。忍びたれどさばかりの御いきほひなれば、渡り給ふ儀式などいとひゞきことなり。南のおとゞの西のはなちいでにおましよそふ。屛風かべしろより始め新しく拂ひしつらはれたり。麗しくいしなどは建てず御地敷四十枚御しとね脇息などすべてその御具どもいと淸らにせさせ給へり。螺鈿の御厨子二よろひに御衣箱四つすゑて、夏冬の御さう束、かうご、藥の箱、御硯、ゆするつき、かゝげの箱などやうのもの、うちうちきよらを盡し給へり。御かざしの蓋にはぢんしたんを作り、珍しきあやめを盡し、同じきかねをも色づかひなしたる心ばへあり今めかしく、かんの君物のみやび深くかどめき給へる人にてめなれぬさまにしなし給へり。大かたのことをば殊更に事々しからぬ程なり。人々參りなどし給ひておましに出で給ふとてかんの君に御對面あり。御心のうちには古おぼし出づることもさまざまなりけむかし。いと若く淸らにてかく御賀などいふことはひがかぞへにやと覺ゆるさまのなまめかしく人のおやげなくおはしますを、珍しく年月へだてゝ見奉り給ふはいと恥しけれど猶けざやかなるへだてもなくて御物語聞えかはし給ふ。幼き君もいと美しくて物し給ふ。かんの君は打ち續きても御覽ぜられじとのたまひけるを大將のかゝる序にだに御覽ぜさせむとて、二人同じやうに振分髮の何心なき直衣姿どもにておはす。「過ぐるよはひもみづからの心にはことに思ひ咎められず、唯昔ながらの若々しき有樣にて改むることもなきを、かゝる末々のもよほしになむなまはしたなきまで思ひ知らるゝ折も侍りける。中納言のいつしかと設けたなるをうとうとしく思ひ隔てゝまだ見せずかし。人より殊に數へとりける今日の子の日こそ猶うれたけれ。しばしは老を忘れても侍るべきを」と聞えたまふ。かんの君もいとよくねびまさりものものしきけさへ添ひて見るかひあるさまし給へり。

 「若菜さすのべの小松をひきつれてもとの岩根をいのる今日かな」とせめておとなび聞え給ふ。沈の折敷四つして御若菜さまばかりまゐれり。御かはらけ取り給ひて、

 「小松原すゑのよはひにひかれてや野べのわかなも年をつむべき」など聞えかはし給ひて上達部あまた南の廂につき給ふ。式部卿宮は參りにくゝおぼしけれど、御せうそこありけるにかく親しき御なからひにて心あるやうならむもびんなくて日たけてぞ渡り給へる。大將のしたり顏にてかゝる御なからひにうけばりてものし給ふも、げに心やましげなるわざなめれど御うまごの君達はいづかたにつけてもおり立ちてざふやくしたまふ。こものよそえだ、をりひづものよそぢ中納言をはじめ奉りてさるべきかぎりとり續け給へり。御かはらけくだり若菜の御羹參る。御前には沈のかけはん四つおほんつきどもなつかしく今めきたる程にせられたり。朱雀院の御藥のこと猶たひらぎはて給はぬにより樂人などは召さず。御笛などおほきおとゞのその方はとゝのへ給ひて、世の中にこの御賀より又珍しく淸らを盡すべきことあらじとのたまひて勝れたるねのかぎりをかねてよりおぼし設けたりければ忍びやかに御遊あり。とりどりに奉る中に和琴はかのおとゞの第一に祕し給ひける御琴なり。さるものゝ上手の心を留めてひき鳴らし給へるねいとならびなきを、ことひとは搔きたてにくゝし給へば、右衞門督のかたくいなぶるをせめ給へば、げにいとおもしろくをさをさ劣るまじくひく。何事も上手のつぎといひながらかくしも得つがぬわざぞかしと心にくゝ哀に人々おぼす。しらべに從ひてあとある手ども定まれるもろこしのつたへどもはなかなか尋ね知るべき方あらはなるを、心にまかせて唯搔き合せたるすがゝきに、萬の物の音とゝのへられたるは、たへにおもしろく怪しきまでひゞく。父おとゞはことのをもいとゆるにはりていたうくだして調べ響き多く合せてぞ搔きならし給ふ。これはいとわらゝかにのぼるねのなつかしく愛敬づきたるを、いとかうしもは聞えざりしをと御子達も驚き給ふ。琴は兵部卿宮ひき給ふ。この御琴は宣陽殿の御物にて代々に第一の名ありし御琴を故院の末つ方一品宮好み給ふことにてたまはり給へりけるを、この折の淸らを盡し給はむとするためおとゞの申し給はり給へる御つたへつたへをおぼすに、いと哀に昔のことも戀しくおぼし出でらる。御子もゑひ泣きえ留め給はず。御氣色とり給ひてきんは御前にゆづり聞えさせ給ふ。物の哀にえ過し給はで珍しきもの一つばかりひき給ふにことごとしからねど限なくおもしろき夜の御遊なり。さうがの人々みはしに召してすぐれたる聲のかぎり出してかへり聲になる。夜の更け行くまゝに物のしらべどもなつかしく變りて靑柳遊び給ふ程げにねぐらの鶯驚きぬべくいみじくおもしろし。わたくしごとのさまにしなし給ひて祿などいとさやうざくに設けられたりけり。曉にかんの君かへり給ふ、御贈物などありけり。「かう世を捨つるやうにて明し暮すほどに年月のゆくへも知らず顏なるをかう數へ知らせ給へりけるにつけては心ぼそくなむ。時々は老いやまさると見給ひくらべよかし。かくふるめかしき身の所せきに、思ふに從ひてたいめなきもいと口惜しくなむ」など聞え給ひて哀にもをかしくも思ひいで聞え給ふことなきにしもあらねば、なかなかほのかにかく急ぎ渡り給ふを、いと飽かず口惜しくぞおぼされける。かんの君も誠の親をばさるべき契ばかりに思ひ聞え給ひて、ありがたくこまやかなりし御心ばへを、年月にそへてかく世に住みはて給ふにつけてもおろかならず思ひ聞え給ひけり。かくて二月の十餘日に朱雀院の姬宮六條院に渡り給ふ。この院にも御心まうけ世の常ならず若菜參りし西の放ちいでに御帳たてゝ、其方の一二の對渡殿かけて女房のつぼねまでこまかにしつらひ磨かせ給へり。內に參り給ふ人の作法をまねびてかの院よりも御調度などはこばる。渡り給ふ儀式いへば更なり、御送に上達部など數多參り給ふ。かのけいし望み給ひし大納言も安からず思ひながらさぶらひ給ふ。御車よせたる所に院わたり給ひておろし奉り給ふほどなども例には違ひたる事どもなり。たゞ人におはすれば萬の事かぎりありてうちまゐりにも似ず。婿の大君といはむにも、ことたがへて珍しき御中のあはひどもになむ。三日が程はかの院よりもあるじの院方よりも嚴めしく珍しきみやびを盡し給ふ。對の上もことに觸れてたゞにもおぼされぬ世の有樣なり。げにかゝるにつけてもこよなく人に劣りけたるゝこともあるまじけれど、又ならぶ人なくならひ給ひて華やかにおひさき遠くあなづりにくきけはひにてうつろひ給へるに、なまはしたなくおぼさるれどつれなくのみもてなして、御わたりのほどももろ心にはかなきこともしいで給ひていとらうたげなる御有樣をいとゞありがたしと思ひ聞え給ふ。姬宮はげにまだいとちひさくかたなりにおはする內にもいといはけなき御氣色してひたみちに若び給へり。かの紫のゆかり尋ねとり給へりしをりおぼし出づるに、かれはざれていふかひありしを、これはいといはけなくのみ見え給へば、よかめり、にくげにおしたちたることなどはあるまじかめりとおぼすものから、いとあまり物のはえなき御さまかなと見奉り給ふ。三日が程は夜がれなく渡り給ふを、年比さもならひ給はぬ心地に忍ぶれどなほ物哀なり。御ぞどもなどいよいよたきしめさせ給ふものから打ち眺めてものし給ふ氣色いみじくらうたげにをかし。などて萬の事ありとも又人をばならべて見るべきぞ、あだあだしく心弱くなりきにける我がをこたりにかゝることも出でくるぞかし、若けれど中納言をばえおぼしかけずなりぬめりしをと、われながらつらくおぼし續けらるゝに淚ぐまれて「今夜ばかりはことわりと許し給ひてむな。これよりのちのとだえあらむこそ身ながらも心づきなかるべけれ。又さりとてかの院に聞し召さむことよ」と思ひ亂れ給へる御心のうち苦しげなり。少しほゝゑみて「みづからの御心ながらだに得定め給ふまじかなるをましてことわりもなにも何處にとまるべきにか」と、いふかひなげにとりなし給へる、恥しうさへ覺え給ひてつらづゑをつきてよりふし給へれば、御硯を引きよせて、

 「めに近くうつればかはる世の中を行くすゑとほくたのみけるかな」。ふることなど書きまぜ給ふを取りて見給ひてはかなきことなれど、げにとことわりにて、

 「命こそたゆとも絕えめさだめなき世のつねならぬ中のちぎりを」。とみにも得渡り給はぬを「いとかたはらいたきわざかな」とそゝのかし聞え給へばなよゝかにをかしき程にえならず匂ひて渡り給ふを見出し給ふもいとたゞにはあらずかし。年比さもやあらむと思ひしことゞも、今はとのみもてはなれ給ひつゝ、さらばかうにこそはと打ち解けゆく末に、ありありてかく世のきゝみゝもなのめならぬ事の出できぬるよ。思ひ定むべき世の有樣にもあらざりければ今より後もうしろめたうぞおぼしなりぬる。さこそつれなくまぎらはし給へどさぶらふ人々も、思はずなる世なりや、數多ものし給ふやうなれど何方も皆こなたの御けはひにはかたさり憚るさまにて過ぐし給へばこそことなくなだらかにもあれ。おしたちてかばかりなる有樣にけたれても得過ぐし給はじ、又さりとてはかなきことにつけても安からぬことのあらむ折々、必ず煩はしき事ども出できなむかしなどおのがじゝ打ち語らひなげかしげなるを、露も見知らぬやうにいとけはひをかしく物語などし給ひつゝ夜更くるまでおはす。かう人のたゞならずいひ思ひたるも聞きにくしとおぼして「かくこれかれ數多物し給ふめれど御心にかなひて今めかしくすぐれたるきはにもあらずと、めなれてさうざうしくおぼしたりつるに、この宮のかく渡り給へるこそめやすけれ。猶わらはごゝろのうせぬにやあらむ、我れもむつび聞えてあらまほしきを、あいなくへだてあるさまに人々やとりなさむとすらむ。ひとしき程劣りざまなど思ふ人にこそたゞならず耳だつこともおのづから出で來るわざなれ。辱く心苦しき御ことなめればいかで心おかれ奉らじとなむ思ふ」などのたまへば、中務中將の君などやうの人々めをくはせつゝ、「あまりなる御思ひやりかな」などいふべし。昔はたゞならぬさまにつかひならし給ひし人どもなれど年比はこの御方にさぶらひて皆心よせ聞えたるなめり。こと御方々よりもいかにおぼすらむ。もとより思ひ見馴れたる人々はなかなか心やすきをなどおもむけつゝとぶらひ聞え給ふもあるを、かくおしはかる人こそなかなか心苦しけれ、世の中もいと常なきものをなどてかさのみは思ひ惱まむなどおぼす。あまり久しきよひゐも例ならず人や咎めむと心のおにゝおぼして入り給ひぬれば、御ふすままゐりぬれど、實にかたはら寂しきよなよなへにけるも猶たゞならぬ心地すれどかの須磨の御別の折をおぼし出づれば、今はとかけはなれ給ひても、唯同じ世のうちに聞き奉らましかばと我が身までのことはうち置きあたらしく悲しかりし有樣ぞかし。さてそのまぎれに我も人も命堪へずなりなましかばいふかひあらまし世かはとおぼしなほす。風打ち吹きたる夜のけはひ冷やかにてふとも寢入られ給はぬを近くさぶらふ人々怪しとや聞かむとうちもみじろぎ給はぬも猶いと苦しげなり。夜深きとりの聲の聞えたるも物哀なり。わざとつらしとにはあらねどかやうに思ひ亂れ給ふけにや、かの御夢に見え給ひければ、打ち驚き給ひていかにと心騷がし給ふにとりのね待ち出で給へれば、夜ふかきも知らずがほに急ぎ出で給ふ。いといはけなき御有樣なれば乳母たち近く侍ひけり。妻戶押し開けて出て給ふを見奉りおくる。明けくれの空に雪の光見えておぼつかなし。名殘までとまれる御にほひ、やみはあやなしとひとりごたる。雪は所々消え殘りたるがいと白き庭のふとけぢめ見えわかれぬ程なるに、猶殘れる雪と忍びやかに口ずさみ給ひつゝ、御格子打ち叩き給ふも久しくかゝることなかりつるならひに、人々もそらねをしつゝやゝまたせ奉りてひきあげたり。「こよなく久しかりつる身もひえにけるは、おぢ聞ゆる心のおろかならぬにこそあめれ。さるは罪もなしや」とて御ぞひきやりなどし給ふに、少しぬれたる御ひとへの袖をひき隱して、うらもなくなつかしきものから打ち解けてはたあらぬ御用意などいと耻しげにをかし。限なき人と聞ゆれどかたかめる世をとおぼしくらべらる。萬いにしへのことをおぼし出でつゝ、解け難き御氣色を恨み聞え給ひてその日は暮し給へれば、えわたり給はで寢殿には御せうそこをぞ聞え給ふ。今朝の雪に心地あやまりていとなやましく侍れば心やすき方にためらひ侍るとあり。御めのとさ聞えさせ侍りぬとばかりことばに聞えたり。殊なることなの御返りやとおぼす。院に聞し召さむこともいとほし、この頃ばかりつくろはむとおぼせど、えさもあらぬを、さは思ひしことぞかしあな苦しとみづから思ひつゞけ給ふ。女君も思ひやりなき御心かなと苦しがり給ふ。今朝は例のやうに大殿籠り起きさせ給ひて宮の御方に御文奉れたまふ。殊に恥しげもなき御さまなれど御筆などひきつくろひてしろき紙に、

 「中みちをへだつる程はなけれども心みだるゝけさの泡ゆき」。梅につけ給へり。人めして「西の渡殿より奉らせよ」とのたまふ。やがて見出して端近く坐します。白き御ぞどもを着給ひて花をまさぐり給ひつ。友まつ雪のほのかに殘れる上に打ち散りそふ空をながめ給へり。鶯の若やかに近き紅梅の末にうち鳴きたるを、袖こそ匂へと花をひき隱して御簾押し上げて眺め給へるさま、夢にもかゝる人の親にて重き位と見え給はず、若うなまめかしき御さまなり。御返り少し程經る心地すれば入り給ひて女君に花を見せ奉り給ふ。「花といはゞかくこそ匂はましけれな。櫻にうつしては又ちりばかりも心わく方なくやあらまし」などのたまふ。「これも數多にうつろはぬ程目とまるにやあらむ。花の盛にならべて見ばや」などのたまふに御かへりあり。紅の薄葉にあざやかに押し包まれたるを、胸つぶれて御手のいと若きをしばし見せ奉らであらばや、隔つとはなけれどあはあはしきやうならむは、人のほどかたじけなしとおぼすに、ひき隱し給はむも心おき給ふべければ、かたそばひろげ給へるを、しり目に見おこせて添ひふし給へり。

 「はかなくてうはのそらにぞ消えぬべき風にたゞよふ春のあわ雪」。御手げにいと若く幼げなり。さばかりの程になりぬる人はいとかくはおはせぬものをと目とまれど見ぬやうに紛はして止み給ひぬ。こと人の上ならばさこそあれなどは忍びて聞え給ふべけれど、いとほしくて、「唯心安くを思ひなし給へ」とのみ聞え給ふ。今日は宮の御方に晝わたり給ふ。心ことに打ちけさうし給へる御有樣今見奉る女房などはまして見るかひありと思ひ聞ゆらむかし。御乳母などやうのおひしらへる人々ぞ、いでやこの御有樣一所こそめでたけれ、めざましきことはありなむかしと、打ちまぜて思ふもありけり。女宮はいとらうたげに幼きさまにて御しつらひなどのことごとしくよだけて麗しきにみづからは何心もなく物はかなき御程にて、いと御ぞがちにみもなくあえかなり。ことに恥ぢなどもし給はず唯ちごのおもぎらひせぬ心地して心やすく美しきさまし給へり。院のみかどは雄々しくすくよかなる方の御ざえなどこそ心得なく坐しますと世人思ひためれ。をかしきすぢなまめきゆゑゆゑしき方は人にまさり給へるを、などてかくおいらかにおほしたて給ひけむ。さるはいと御心留め給へるみこと聞きしをと思ふもなまくちをしけれどにくからず見奉り給ふ。唯聞え給ふまゝになよなよと靡き給ひて御いらへなどをも覺え給ひけることはいはけなく打ちのたまひ出でゝ、えみはなたず見え給ふ。昔の心ならましかばうたて心おとりせましを今は世の中を皆さまざまに思ひなだらめて、とあるもかゝるもきは離るゝことはかたきものなりけり、とりどりにこそおほうはありけれ、よその思ひはいとあらまほしき程なりかしとおぼすに、さしならびめかれず見奉り給へる年比よりも對の上の御ありさまぞ猶ありがたくわれながらもおほしたてけりとおぼす。一夜のほどあしたのまも戀しく覺束なくいとゞしき御志のまさるを、などかく覺ゆらむとゆゝしきまでなむ。院のみかどは月のうちにみ寺にうつろひ給ひぬ。この院に哀なる御せうそこども聞え給ふ。姬宮の御ことは更なり、煩はしくいかに聞く所やなど憚り給ふ事なくてともかくも唯御心にかけてもてなし給ふべくぞたびたび聞え給ひける。されど哀にうしろめたく幼くおはするを思ひ聞え給ひけり。紫の上にも御せうそこことにあり。「幼き人の心なきさまにてうつろひものすらむを、罪なくおぼし許して、後見給へ尋ね給ふべき故もやあらむとぞ。

  そむきにしこの世にのこる心こそいる山みちのほだしなりけれ。やみをえはるけで聞ゆるもをこがましくや」とあり。おとゞも見給ひて、「哀なる御せうそこをかしこまり聞え給へ」とて御使にも女房してかはらけさし出させ給ひてしひさせ給ふ。御返りはいかゞなど聞えにくゝおぼしたれどことごとしくおもしろかるべき折のことならねば、唯心をのべて、

 「背く世のうしろめたくはさりがたきほだしをしひてかけな離れそ」などやうにぞあめりし。女のさう束に細長添へてかづけ給ふ。御手などのいとめでたきを院御覽じて何事も恥しげなめるあたりに、いはけなくて見え給ふらむといと心苦しうおぼしたり。今はとて女御更衣達などおのがじゝ別れ給ふも哀なることなむ多かりける。ないしのかんの君は故きさいの宮のおはしましゝ二條の宮にぞ住み給ふ。姬宮の御事を置きてはこの御事をなむ顧みがちにみかどもおぼしたりける。尼になりなむとおぼしたれどかゝるきほひには慕ふやうに心あわたゞしと諫め給ひて、やうやう佛の御事など急がせ給ふ。六條のおとゞは哀に飽かずのみおぼしてやみにし御あたりなれば年比も忘れがたくいかならむをりに對面あらむ、今一度あひ見てその世の事も聞えまほしくのみおぼし渡るをかたみに世のきゝ耳も憚り給ふべき身の程に、いとほしげなりし世のさわぎなどもおぼし出でらるれば萬につゝみ過ぐし給ひけるを、かうのどやかになり給ひて世の中を思ひしづまり給ふらむころほひの御有樣、いよいよゆかしく心もとなければあるまじきことゝはおぼしながら大かたの御とぶらひにことつけて哀なるさまに常に聞え給ふ。若々しかるべき御あはひならねば御返りも時々につけて聞えかはし給ふ。昔よりはこよなくうち具し整ひはてにたる御けはひを見給ふにも猶忍びがたくて、昔の中納言の君のもとにも心深きことゞもを常にのたまふ。かの人のせうとなる和泉のさきの守を召しよせて若々しくいにしへにかへりて語らひ給ふ。「人づてならで物ごしに聞えしらすべきことなむある。さりぬべく聞えなびかしていみじく忍びて參らむ。今はさやうのありきも所せき身のほどにおぼろげならず忍ぶべきことなれば、そこにも又人にはもらし給はじと思ふにかたみにうしろ安くなむ」との給ふ。かんの君「いでや世の中を思ひ知るにつけても昔よりつらき御心をこゝら思ひつめつる年ごろのはてに、哀に悲しき御事をさし置きていかなる昔語をか聞えむ。實に人は漏り聞かぬやうありとも心のとはむこそいと恥しかるべけれ」と打ち歎き給ひつゝ猶更にあるまじきよしをのみ聞ゆ。いにしへわりなかりし世にだに心かはし給はぬことにしもあらざりしを、實に背き給ひぬる御ためうしろめたきやうにはあれど、あらざりしことにもあらねば今しもけざやかにきよまはりて立ちにし我が名今さらに取り返し給ふべきにやとおぼしおこして、このしのだの森を道のしるべにてまうで給ふ。女君には「東の院にものする常陸の君の日比煩ひて久しくなりにけるを物騷しきまぎれにとぶらはねばいとほしくてなむ。晝などけざやかにわたらむもびんなきを夜の間に忍びてとなむ思ひ侍る。人にもかくとも知らせじ」と聞え給ひていといたく心けさうし給ふを例はさしも見えぬあたりを、あやしと見給ひて思ひあはせ給ふこともあれど、姬宮の御事の後は何事もいと過ぎぬる方のやうにはあらず、少し隔つる心添ひて見知らぬやうにておはす。その日は寢殿へも渡り給はで御文書きかはし給ふ。たきものなどに心を入れて暮し給ふ。よひ過してむつまじき人の限四五人ばかり網代車のむかし覺えてやつれたるにて出で給ふ。和泉の守して御せうそこ聞え給ふ。かく渡りおはしましたるよしさゞめき聞ゆれば、驚き給ひて怪しくはいかやうに聞えたるにかとむつがり給へどをかしやかにて返し奉らむにいとびんなう侍らむとて、あながちに思ひめぐらして入れ奉る。御とぶらひなど聞え給ひて「唯こゝもとに物ごしにても、更に昔のあるまじき心などは殘らずなりにけるを」と、わりなく聞え給へばいたくなげくなげくゐざり出で給へり。さればよ猶けぢかさはとかつおぼさる。かたみにおぼろげならぬ御みじろきなればあはれも少からず。ひんがしの對なりけり。辰巳のかたの廂にすゑ奉りてみさうじのしりはかためたれば「いと若やかなる心地もするかな。年月のつもりをも紛れなく數へらるゝ心ならひに、かくおぼめかしきはいみじうつらくこそ」と恨み聞え給ふ。夜いたく更け行く。玉藻に遊ぶをしの聲々などあはれに聞えて、しめじめと人め少なき宮の內の有樣にさも移り行く世かなとおぼしつゞくるに平仲がまねならねど誠に淚もろになむ。昔に變りておとなおとなしくは聞え給ふものから、これをかくてやとひき動かし給ふ。

 「年月をなかにへだてゝ逢坂のさもせきがたくおつるなみだか」。女、

 「淚のみせきとめがたきしみづにて行き逢ふ道ははやく絕えにき」などかけはなれ聞え給へど、いにしへをおぼし出づるも誰により多うはさるいみじきこともありし世のさわぎぞと思ひ出で給ふに、實に今一度の對面はありもすべかりけりとおぼしよわるも、もとよりづしやかなる所はおはせざりし人の、年比はさまざまに世の中を思ひ知り、きし方をくやしくおほやけわたくしのことに觸れつゝ數もなくおぼし集めて、いといたく過し給ひにたれど、昔覺えたる御對面にその世の事も遠からぬ心地して得心づよくもてなし給はず。猶らうらうしく若うなつかしくて一方ならぬ世のつゝましさをも哀れをも思ひ亂れて歎きがちにてものし給ふ氣色など、今始めたらむよりも珍しく哀にて明け行くもいと口惜しくて出で給はむ空もなし。潮ぼらけのたゞならぬ空に百千鳥の聲もいとうらゝかなり。花は皆散り過ぎて名殘かすめる梢の淺綠なるこだち、昔藤の宴し給ひしこの頃のことなりけむかしとおぼし出づるに、年月のつもりにける程もその折のことかきつゞけ哀におぼさる。中納言の君の見奉り送るとて妻戶押し開けたるに立ちかへり給ひて「この藤よいかに染めけむ色にか。猶えならぬ心添ふにほひにこそ。いかでこの影は立ち離るべき」とわりなくいでがてにおぼしやすらひたり。やまぎはよりさし出づる日の花やかなるにさしあひ、目も輝く心地する御さまのこよなくねび加はり給へる御けはひなどを珍しく程經ても見奉るはましてよのつねならず覺ゆれば、さる方にてもなどか見奉り過し給はざらむ、御宮仕にもかぎりありてきはことに離れ給ふこともなかりしを、故宮のよろづに心を盡し給ひ、よからぬ世のさわぎにかるがるしき御名さへ響きて、やみにしよなど思ひ出でらる。名殘おほく殘りぬらむ御物語のとぢめにはげに殘りあらせまほしきわざなめるを、御身を心にえ任せさせ給ふまじく、こゝらの人目もいと恐しくつゝましければ、やうやうさしあがり行くに心あわたゞしくて、廊のとに御車さしよせたる人々も忍びてこわづくり聞ゆ。人召してかの咲きかゝりたる花一枝折らせ給へり。

 「しづみしも忘れぬものをこりずまに身をなげつべきやどの藤波」。いといたくおぼし煩ひてよりゐ給へるを心ぐるしう見奉る。女君も今さらにいとつゝましくさまざまに思ひ亂れ給へるに花のかげは猶なつかしくて、

 「身をなげむふちもまことの淵ならでかけじやさらにこりずまの波」。いと若やかなる御ふるまひを心ながらも許さぬことにおぼしながら關守のかたからぬたゆみにや、いとよく語らひ置きて出で給ふ。そのかみも人よりこよなく心とめて思う給へりし御志ながらはつかにて止みにし御なからひにはいかでか哀も少からむ。いみじく忍び入り給へる御ねくたれのさまを待ちうけて女君さばかりならむと心得給へれどおぼめかしくもてなしておはす。なかなか打ちふすべなどし給へらむよりも心苦しく、などかくしも見放ち給へらむとおぼさるれば、ありしよりげに深き契をのみ長き世をかけて聞え給ふ。かんの君の御ことも又もらすべきならねど、いにしへの事も知り給へれば「まほにはあらねど物ごしにはつかなりにつる對面なむのこりある心地する。いかでひとめ咎めあるまじくもて隱して今一度も」と語らひ聞え給ふ。打ち笑ひて「今めかしくもなりかへる御有樣かな。昔を今に改めくはへ給ふほど中空なる身のため苦しく」とてさすがに淚ぐみ給へるまみのいとらうたげに見ゆるに「かう心安からぬ御氣色こそ苦しけれ。唯おいらかにひきつみなどして敎へ給へ。隔あるべくもならはし聞えぬを思はずにこそなりにける御心なれ」とて、よろづに御心とり給ふほどに何事も得殘し給はずなりぬめり。宮の御方にもとみにえ渡り給はず、こしらへ聞えつゝおはします。姬宮は何ともおぼしたらぬを御うしろみどもぞ安からず聞えける。煩はしうなど見え給ふ氣色ならば其方もまして心苦しかるべきをおいらかに美しき翫びぐさに思ひ聞え給へり。桐壺の御方はうちはへえ罷で給はず、御暇のありがたければ心安くならひ給へる若き御心にいと苦しくのみおぼしたり。夏比なやましくし給ふを頓にも許し聞え給はねばいとわりなしとおぼす。珍しきさまの御心地にぞありける。まだいとあえかなる御程にいとゆゝしくぞ誰も誰もおぼすらむかし。辛うじてまかで給へり。姬宮のおはしますおとゞのひんがし面に御方はしつらひたり。明石の御方今は御身に添ひて出で入り給ふもあらまほしき御宿世なりかし。對の上こなたに渡りて對面し給ふついでに「姬宮にも中の戶あけて聞えむ。かねてよりもさやうに思ひしかど、序なきにはつゝましきをかゝる折に聞えなれば心安くなむあるべき」とおとゞに聞え給へばうちゑみて「思ふやうなる御語らひにこそはあなれ。いと幼げに物し給ふめるをうしろやすく敎へなし給へかし」とゆるし聞え給ふ。宮よりも明石の君の恥しげにてまじらはむをおぼせば御ぐしすましひきつくろひておはする。たぐひあらじと見え給へり。おとゞは宮の御方に渡り給ひて「夕がたかの對に侍る人のしげいさに對面せむとて出でたつついでに近づき聞えさせまほしげにものすめるを、ゆるしてかたらひ給へ。こゝろなどはいとよき人なり。まだわかわかしくて御あそびがたきにもつきなからずなむ」などきこえ給ふ。「はづかしうこそはあらめ。何事をか聞えむ」とおいらかにのたまふ。「人のいらへはことにしたがひてこそはおぼし出でめ。隔て置きてなもてなし給ひそ」とこまかにをしへ聞え給ふ。御中うるはしくて過し給へとおぼすあまりに、何ごゝろなき御ありさまを見顯されむも恥しく味氣なけれどさのたまはむを心隔てむもあいなしとおぼすなりけり。對にはかく出でたちなどしたまふものからわれよりかみの人やはあるべき、身のほどのものはかなきさまを見え置きたてまつりたるばかりこそあらめなど思ひつゞけられてうちながめ給ふ。手習などするにも、おのづからふることも物おもはしきすぢのみかゝるゝを、さらばわが身には思ふことありけりとみづからぞおぼし知らるゝ。院わたりたまひて宮女御の君などの御ありさまどもをうつくしうもおはするかなとさまざま見たてまつり給へる御めうつしには年ごろめなれたまへる人のおぼろげならむがいとかくおどろかるべきにもあらぬをなほたぐひなくこそはと見たまふ。ありがたきことなりかし。あるべきかぎりけ高うはづかしげにとゝのひたるに添ひて、はなやかにいまめかしくにほひなまめきたるさまざまのかをりも取りあつめめでたきさかりに見えたまふ。こぞより今年はまさり昨日より今日はめづらしくつねにめなれぬさまのしたまへるを、いかでかくともありけむとおぼす。打ち解けとりつる御手習を硯のしたにさし入れ給へど、見つけ給ひて引きかへし見たまふ。手なとのいとわざとも上手と見えでらうらうしくうつくしげに書きたまへり。

 「身にちかく秋やきぬらむ見るまゝに靑葉の山もうつろひにけり」とある所に目とゞめ給ひて、

 「水鳥の靑ばゝ色もかはらぬをはぎのしたこそけしきことなれ」など書き添へつゝすさび給ふ。ことに觸れて心苦しき御氣色のしたにはおのづからもりつゝ見ゆるをことなくけち給へるもありがたく哀におぼさる。今夜は何方にも御暇ありぬべければかのしのび所にいとわりなく出で給ひにけり。いとあるまじきことゝいみじくおぼし返すにもかなはざりけり。春宮の御方はじちの母君よりもこの御方をばむつましきものに賴み聞え給へり。いと美しげにおとなびまさり給へるを思ひ隔てずかなしと見奉り給ふ。御物語などいと懷しく聞えかはし給ひて中の戶あけて宮にも對面し給へり。いと幼げにのみ見え給へば心やすくておとなおとなしく親めきたるさまに昔の御すぢをも尋ね聞え給ふ。中納言の乳母といふ召し出でゝ「同じかざしを尋ね聞ゆればかたじけなけれど、わかぬさまに聞えさすれどついでなくて侍りつるを、今よりは疎からずあなたなどにも物し給ひて怠らむことをば驚かしなども物し給はむなむ嬉しかるべき」などのたまへば「たのもしき御かげどもにさまざまにおくれ聞え給ひて心細げにおはしますめるを、かゝる御ゆるし侍るめればますことなくなむ思ひ給へられける。背き給ひにし上の御心むけも唯かくなむ、御心隔て聞え給はずまだいはけなき御有樣をもはぐゝみ奉らせ給ふべくぞ侍るめりし。うちうちにもさなむ賴み聞えさせ給ひし」など聞ゆ。「いとかたじけなかりし御せうそこの後はいかでとのみ思ひ侍れど、何事につけても數ならぬ身なむ口惜しかりける」と、安らかにおとなびたるけはひにて宮にも御心につき給ふべく繪などのことひゝなの捨て難きさま、若やかに聞え給へば、實にいと若く心よげなる人かなとをさなき御心ちには打ち解け給へり。さて後は常に御文かよひなどしてをかしき遊びわざなどにつけても疎からず聞えかはし給ふ。世の中の人もあひなうかばかりになりぬるあたりのことはいひあつかふものなれば「初めつ方は對の上いかにおぼすらむ。御覺えいとこの年比のやうには坐せじ。少しは劣りなむ」などゝいひけるを、今少し深き御志かくてしもまさるさまなるを、それにつけても又安からずいふ人々あるに、かくにくげなくさへ聞えかはし給へばことなほりてめやすくなむありける。神無月に對の上院の御賀に嵯峨野の御堂にて藥師佛供養し奉り給ふ。いかめしきことはせちに諫め申し給へば忍びやかにとおぼしおきてたり。佛、きやうばこ、ぢすのとゝのへまことの極樂ぞ思ひやらるゝ。最ぞう王經金剛磐若ず命經などいとゆたけき御いのりなり。上達部いと多く參り給へり。御堂のさまおもしろくいはむかたなく紅葉のかげわけ行く野邊の程より始めてみものなるにかたへはきほひ集り給ふなるべし。霜がれ渡れる野原のまゝに馬車の行き通ふ音しげく響きたり。御ず經われもわれもと御方々いかめしくせさせ給ふ。二十三日を御としみの日にてこの院はかくすきまなく集ひ給へるうちに我が御わたくしの殿とおぼす、二條院にてその御まうけはせさせ給ふ。御さうぞくをはじめ大かたのことゞもゝ、皆こなたにのみし給ふを、御方々もさるべきことどもわけつゝ望み仕うまつり給ふ。對どもは人の局々にしたるを拂ひて、殿上人諸大夫院司しも人までのまうけいかめしくせさせ給へり。寢殿のはなちいでを例のしつらひてらでんのいし立てたり。おとゞの西の間に御ぞの机十二たてゝ、夏冬の御よそひ御ふすまなど例の如く、紫の綾のおほひども麗しく見え渡りてうちの心はあらはならず。御前に置物の机二つ唐の地のすそごの覆ひしたり。かざしの臺は沈のけそくこがねの鳥、銀の枝に居たる心ばへなど淑景舍の御あづかりにて、明石の御方のせさせ給へるゆゑふかく心ことなり。後の御屛風四帖は式部卿宮なむせさせ給ひける。いみじくつくして例の四季の繪なれど珍しき泉水だん〈きイ〉などめなれずおもしろし。北の壁にそへて置物の御厨子ふたよろひたてゝ御調度も例のことなり。南の廂に上達部、左右の大臣、式部卿宮をはじめ奉りて次々はまして參り給はぬ人なし。舞臺の左うに樂人のひらばりうちてにしひんがしにとんじき八十ぐ、祿の唐櫃四十續けて立てたり。未の時ばかりに樂人まゐる。萬歲樂皇麞など舞ひて日暮れかゝるほどに、高麗のらんじやうして落蹲の舞ひ出でたるほど、猶常のめなれぬ舞のさまなれば舞ひはつる程に權中納言衞門督おりていりあやをほのかに舞ひて紅葉のかげに入りぬる名殘飽かず興ありと人々おぼしたり。いにしへの朱雀院の行幸に靑海波のいみじかりし夕思ひ出で給ふ人々は權中納言衞門督の又劣らず立ち續き給ひにける、世々のおぼえありさまかたち用意などもをさをさ劣らず、つかさくらゐはやゝ進みてさへこそなどよはひの程をも數へて猶さるべきにて昔よりかくたち續きたる御なからひなりけりとめでたく思ふ。あるじの院も哀に淚ぐましくおぼし出てらるゝことども多かり。夜に入りて樂人ども罷り出づ。北のまんどころの別當ども人々ひきゐて祿の唐櫃によりてひとつゞつ取りてつぎつぎたまふ。白きものどもを品々かづきて山ぎはより池のつゝみ過ぐる程のよそめは千年をかねてあそぶ鶴の毛衣に思ひまがへらる。御遊始まりてまたおもしろし。御ことどもは春宮よりぞとゝのへさせ給ひける。朱雀院より渡り參れる琵琶きん、內より賜はり給へる箏の御琴など皆昔覺えたる物のねどもにて珍しく彈き合せ給へるに、何の折にも過ぎにし方の御有樣うちわたりなどおぼし出でらる。故入道の宮おはせましかばかゝる御賀など我こそ進み仕うまつらましか、何事につけてかは志をも見え奉りけむと飽かず口惜しくのみ思ひ出で聞え給ふ。內にも故宮のおはしまさぬことを、何事にもはえなくさうざうしくおぼさるゝにこの院の御事をだに例の跡あるさまのかしこまりを盡しても得見せ奉らぬを世と共に飽かぬ心地し給ふも今年はこの御賀にことつけてみゆきなどもあるべくおぼしおきてけれど「世の中のわづらひならむこと更にせさせ給ふまじくなむ」といなび申し給ふこと度々になりぬれば口惜しくおぼしとまりぬ。しはすの二十日あまりのほどに中宮まかでさせ給ひて今年ののこりの御いのりに奈良の京の七大寺に御誦經、布四千段、この近き都の四十寺に絹四百疋をわかちてせさせ給ふ。ありがたき御はぐゝみをおぼし知りながら、何事につけてかは深き御志をも顯はし御覽ぜさせ給はむとて、父宮母御息所のおはせまし御ための志をも取り添へおぼすに、かうあながちにおほやけにも聞え返させ給へばことゞも多く留めさせ給ひつ。「四十の賀といふことはさきざきを聞き待るにも殘のよはひ久しきためしなむ少かりけるを、この度は猶世のひゞき留めさせ給ひて、誠に後にたらむことを數へさせ給へ」とありけれどおほやけざまにて猶いと嚴めしくなむありける。宮の坐します町の寢殿に御しつらひなどしてさきざきにことに變らず。上達部の祿など大きやうになずらへてみ子達には殊に女のさうぞく、非參議の四位、まうちきんだちなど、たゞの殿上人には白き細長一かさねこしざしなどまで次々にたまふ。御さう束限なく淸らを盡して名高き帶みはかしなど、故前坊の御方ざまにて傅はり參りたるも又哀になむ。ふるき世のひとつのものと名ある限は、皆つどひ參る御賀になむあめる。昔物語にも物得させたるを、かしこきことには數へ續けためれど、いとうるさくてこちたき御なからひのことゞもはえぞかぞへあへ侍らぬや。內にはおぼしそめてし事どもをむげにやはとて中納言にぞつけさせ給ひてける。そのころの右大將やまひして辭し給ひけるを、この中納言に御賀の程よろこびくはへむとおぼし召して俄になさせ給ひつ。院も喜び聞えさせ給ふものから「いとかく俄にあまるよろこびをなむいちはやき心地し侍る」と卑下し申し給ふ。丑寅の町に御しつらひ設け給ひてかくろへたるやうにしなし給へれど、今は猶かたことに儀式まさりて所々の饗などもくらづかさごくそうゐんより仕うまつらせ給へり。とんじきなどおほやけざまにて頭中將宣旨承りて御子達五人、左右のおとゞ大納言二人、中納言三人、宰相五人、殿上人は例の、內、春宮、院殘りすくなし。おまし御調度どもなどはおほきおとゞ委しくうけ給はりて仕うまつらせ給へり。今日は御事ありてわたり參り給へり。院もいとかしこく驚き申し給ひて御ざにつき給ひぬ。もやのおましに向へておとゞの御ざあり、いと淸らにものものしくふとりてこのおとゞぞ今さかりのしうとくとは見え給へる。あるじの院は猶いと若き源氏の君に見え給ふ。御屛風四帖に內の御手書かせ給へるからの綾のうすだんにしたゑのさまなどおろかならむやは。おもしろき春秋のつくりゑなどよりもこの御屛風の墨つきの輝くさまは目も及ばず、思ひなしさへめでたくなむありける。置物の御厨子ひきものふきものなど藏人所よりたまはり給へり。大將の御いきほひもいといかめしくなり給ひにたれば打ち添へて今日の作法いとことなり。御馬四十疋左右のうまづかさ六衞府の官人かみより次々にひきとゝのふる程日暮れはてぬ。例の萬歲樂賀皇恩などいふ舞氣色ばかり舞ひておとゞの渡り給へるに珍しくもてはやし給へる御遊に皆人心をいれ給へり。琵琶は例の兵部卿宮何事にも世にかたき物の上手に坐していとになし、お前にきんの御こと、おとゞ和琴ひき給ふ。年比添ひ給ひにける御耳の聞きなしにや、いと優に哀におぼさるれば、きんも御手をさをさかくし給はず、いみじきねども出づ。昔の御物語どもなど出できて今はたかゝる御なからひに何方につけても聞え通ひ給ふべき御むつびなど心よく聞え給ひて御みき數多たびまゐりて物のおもしろさも滯りなく御ゑひなきども得とゞめ給はず。御贈物にすぐれたる和琴一つ好み給ふこま笛そへて紫檀の箱ひとよろこひにからの本どもこゝのさうの本など入れて御車におひて奉れ給ふ。御馬どもむかへ取りて右のつかさども高麗の樂してのゝしる。六衞府の官人の祿ども大將たまふ。御心とそぎ給ひて嚴めしきことゞもはこのたびとゞめ給へれど內、春宮、一院、后宮次々の御ゆかりいつくしき程いひ知らず見え渡ることなれば猶かゝる折にはめでたくなむ覺えける。大將の唯一所おはするをさうざうしくはえなき心地せしかど、數多の人にすぐれ、おぼえことに人がらもかたはらなきやうに物し給ふにも、かの母北の方の伊勢の御息所との恨深く挑みかはし給ひけむほどの御すくせどもの行くへ見えたるなむさまざまなりける。その日の御さう束どもなど此方の上なむし給ひける。祿ども大かたのことをぞ三條の北の方は急ぎ給ふめりし。折ふしにつけたる御いとなみうちうちのものゝ淸らをも此方には唯よそのことにのみ聞き渡り給ふを何事につけてかはかゝるものものしき數にもまじらひ給はましと覺えたるを、大將の君の御ゆかりにいとよくかずまへられ給へり。年かへりぬ。桐壺の御方近づき給ひぬるにより正月朔日より、御ず法ふだんにせさせ給ふ。てらでらやしろやしろの御いのりはた數も知らず。おとゞの君ゆゝしきことを見給へてしかばかゝる程のことはいと恐しきものにおぼししみたるを、對の上などのさることし給はぬは口惜しくさうざうしきものから嬉しくおぼさるゝに、まだいとあえかなる御程にいかにおはせむとかねておぼしさわぐに、二月ばかりより怪しく御氣色かはりて惱み給ふに御心どもさわぐべし。おんみやうしどもゝ所をかへてつゝしみ給ふべく申しければ、外のさしはなれたらむは覺束なしとて、かの明石の御町の中の對に渡し奉り給ふ。此方は唯おほきなる對二つ、廊どもなむめぐりてありけるに御修法のだんひまなくぬりて、いみじきげんざども集ひてのゝしる。母君この時に我がすくせをも見ゆべきわざなめればいみじき心を盡し給ふ。かの大尼君も今はこよなきほけ人にてぞありけむかし。この御有樣を見奉るは夢の心地していつしかと參り近づきなれ奉る。年比この母君はかうそひさぶらひ給へど、昔のことなどまほにしも聞え知らせ給はざりけるを、この尼君喜びにえ堪へず、參りてはいと淚がちにふるめかしきことゞもをわなゝき出でつゝ語り聞ゆ。始つかたは怪しくむつかしき人かなと打ちまもり給ひしかど、かゝる人ありとばかりはほの聞き置き給へれば、なつかしくもてなし給へり。生れ給ひしほどのことおとゞの君のかの浦におはしましたりし有樣、今はとて京へ上り給ひしに誰も誰も心をまどはして、今はかぎりかばかりの契にこそはありけれと歎かしきを、若君のかくひきたすけ給へる御すくせのいみじく悲しきことゝほろほろと泣けば、げに哀なりける昔のことを、かく聞かせざらましかば覺束なくても過ぎぬべかりけりとおぼして打ち泣き給ふ。心のうちには、我が身はげにうけばりていみじかるべききはにはあらざりけるを對の上の御もてなしにみがかれて人の思へるさまなどもかたほにはあらぬなりけり、身をば又なきものに思ひてこそ宮仕のほどにもかたへの人々をば思ひけち、こよなき心おごりをばしつれ、世の人はしたにいひ出づるやうもありつらむかしなどおぼし知りはてぬ。母君をばもとよりかく少しおぼえ降れるすぢと知りながら、生れ給ひけむ程などをば、ある世ばなれたるさかひにてなども知り給はざりけり。いとあまりおほどき給へるけにこそは。怪しくおぼおぼしかりけることなりや。かの入道の今は仙人の世にも住まぬやうにて居たなるを聞き給ふも心苦しくなど、かたがたに思ひ亂れ給ひぬ。いと物哀にながめておはするに御方參り給ひて日中の御加持に此方彼方より參り集ひ物騷がしくのゝしるにお前にことに人もさぶらはず尼君所えていと近くさぶらひ給ふ。「あな見苦しや、短き御几帳ひきよせてこそ侍ひ給はめ。風などさわがしくておのづからほころびのひまもあらむに、くすしなどやうのさましていとさかり過ぎ給へりや」などなまかたはらいたく思ひ給へり。よしめきそしてふるまふとは覺ゆめれども、まうまうに耳もおぼおぼしかりければ、あゝとかたぶきてゐたり。さるはいとさいふばかりにもあらずかし。六十五六のほどなり。尼姿いとかはらかにあてなるさまして目つやゝかに泣きはれたる氣色の怪しく昔思ひ出でたるさまなれば胸打ちつぶれて「こだいのひがごとどもや侍りつらむ。よくこの世の外のやうなるひがおぼえどもにとりまぜつゝ怪しき昔のことゞも出でまうできつらむはや。夢の心地こそし侍れ」と、うちほゝゑみて見奉り給へば、いとなまめかしく淸らにて例よりいたくしづまり、物おぼしたるさまに見え給ふ。我が子とも覺え給はずかたじけなきにいとほしきことゞも聞え給ひて、おぼし亂るゝにや、今はかばかりと御位を極め給はむ世に聞えも知らせむとこそ思へ、口惜しくおぼしすつべきにはあらねど、いといとほしく心おとりし給ふらむと覺ゆ。御加持はてゝまかでぬるに、御くだものなど近くまかなひなしこればかりをだにといと心苦しげに思ひて聞え給ふ。尼君はいとめでたううつくしく見奉るまゝにも、淚はえとゞめず、顏はゑみて口つきなどは見苦しくひろごりたれど、まみのわたり打ちしぐれてひそみ居たり。あなかたはらいたとめくはすれど聞きも入れず。

 「老の波かひある浦に立ちいでゝしほたるゝあまを誰かとがめむ。昔の世にもかやうなるふる人は、罪ゆるされてなむ侍りける」ときこゆ。御硯なる紙に、

 「しほたるゝあまを浪路のしるべにてたづねも見ばや濱のとまやを」。御方も得忍び給はで、うち泣き給ひぬ。

 「世を捨てゝあかしの浦にすむ人も心のやみははるけしもせじ」など聞え紛はし給ふ。別れけむ曉のことも夢のうちにおぼし出でられぬを、口惜しくありけるかなとおぼす。彌生の十餘日のほどにたひらかに生れ給ひぬ。かねてはおどろおどろしくおぼし騷ぎしかど痛く惱み給ふこともなくて男御子にさへおはすれば限なくおぼすさまにておとゞも御心おちゐ給ひぬ。此方はかくれの方にて唯けぢかき程なるに、いかめしき御うぶやしなひなどのうちしきりひゞきよそほしき有樣、げにかひある浦と尼君のためには見えたれど、儀式なきやうなれば渡り給ひなむとす。對の上も渡り給へり。しろき御さうぞくし給ひて人の親めきて若宮をつと抱き居給へるさまいとをかし。みづからかゝること知り給はず、人の上にても見習ひ給はねばいと珍らかに美くしと思ひ聞え給へり。むつかしげにおはする程を絕えず抱きとり給へば、まことのをば君は唯まかせ奉りて、御湯殿のあつかひなどを仕う奉り給ふ。春宮の宣旨なる內侍のすけぞ仕うまつる。御むかへゆにおりたち給へるもいとあはれにうちうちのこともほのしりたるに、少しかたほならばいとほしからましを、あさましくけだかくげにかゝる契ことにものし給ひける人かなと見聞ゆ。その程の儀式などもまねびたてむにいと更なりや。六日といふに例のおとゞに渡り給ひぬ。七日の夜うちよりも御うぶやしなひのことあり。朱雀院のかく世を捨てゝおはします御かはりにや、藏人所より頭辨、宣旨うけたまはりて珍らかなるさまに仕うまつれり。祿のきぬなど又中宮の御方よりも、おほやけごとにはたちまさりいかめしくせさせ給ふ。次々のみ子達大臣の家々そのころのいとなみにてわれもわれもと淸らを盡して仕うまつり給ふ。おとゞの君もこの程のことゞもは例のやうにもことそがせ給はで、世になく響きこちたき程にうちうちのなまめかしくこまかなるみやびのまねび傅ふべきふしは目もとまらずなりにけり。おとゞの君も若宮を程なく抱き奉り給ひて、大將の數多まうけたなるを今まで見せぬがうらめしきにかくらうたき人を添へ奉りたるとうつくしみ聞え給ふはことわりなりや。日々に物をひき延ぶるやうにおよすけ給ふ。御めのとなど心知らぬはとみにめさで、さぶらふ中にしな心すぐれたるかぎりをえりて仕うまつらせ給ふ。御方の御心おきてのらうらうしくけだかく大どかなるものゝさるべき方には卑下してにくらかにもうけばらぬなどを譽めぬ人なし。對の上はまほならねどみえかはし給ひてさばかり許しなくおぼしたりしかど、今は宮の御とくにいとむつましくやんごとなくおぼしなりにたり。ちごうつくしみし給ふ御心にてあまがつなど御手づから作りそゝくりおはするもいとわかわかし。明暮この御かしづきにてすぐし給ふ。かのこだいの尼君は若宮をえ心のとがに見奉らぬなむ飽かずおぼえける。なかなか見奉りそめて戀ひ聞ゆるにぞ命もえたふまじかりける。かの明石にもかゝる御こと傅へ聞きて、さるひじり心地にもいと嬉しく覺えければ、今なむこの世のさかひを心安くゆきはなるべきとでしどもにいひて、この家をば寺になしてあたりの田などやうのものは皆その寺のことにしおきて、この國のおくの郡に人も通ひ難く深き山あるをとしごろもしめおきながらあしこに籠りなむ後又人には見え知らるべきにもあらずと思ひて、唯少しの覺束なき事殘りければ、今までながらへけるを今はさりともと佛神を賴み申してなむうつろひける。この近きとしごろとなりては京にことなることならで、人も通はし奉らざりつ。これよりくだし給ふ人ばかりにつけてなむ、ひとくだりにても尼君にさるべき折ふしのこともかよひける。思ひ離るゝ世のとぢめにふみ書きて御方に奉れ給へり。「このとしごろは同じ世の中のうちにめぐらひ侍りつれど、何かはかくながら身をかへたるやうに思ひ給へなしつゝ、させることなき限は聞えうけ給はらず、かなぶみ見給へるは目のいとまいりて、念佛もけだいするやうにやくなうてなむ御せうそこも奉らぬを、つてにうけ給はれば若君は春宮に參り給ひて男宮生れ給へるよしをなむ深く悅び申し侍る。その故は自らかくつきなき山伏の身に、今更にこの世のさかえを思ふにも侍らず。過ぎにし方の年比、心ぎたなく六時のつとめにも唯御事を心にかけてはちすの上の露の願ひをばさし置きてなむ念じ奉りし。我、おもと生れ給はむとせしをその年の二月のその夜の夢に見しやう、みづからすみの山を右の手に捧げたり、山の左右より月日の光さやかにさし出でゝ世をてらす、みづからは山のしもの蔭に隱れてその光にあたらず、山をば廣き海に浮べ置きて、小き船に乘りて西の方をさして漕ぎ行くとなむ見侍りし。夢さめてあしたより數ならぬ身に賴む所出できながら何事につけてかさるいかめしきことをば待ち出でむと心の中に思ひ侍りしを、そのころよりはらまれ給ひにしこなた、俗の方の書を見侍りしにも又內敎の心を尋ぬる中にも夢を信ずべき事多く侍りしかば賤しきふところのうちにも辱く思ひいたづき奉りしかど、力及ばぬ身に思ひ給へかねてなむ、かゝる道におもむき侍りにし。又この國のことにしづみ侍りて老の波更に立ち返らじと思ひとぢめて、この浦に年比侍りしほども若君を賴むことに思ひ聞え侍りしかばなむ心ひとつに多くのぐわんをたて侍りし。そのかへり申したひらかに思ひのごと時に逢ひ給ふ。若君國の母となり給ひて、願ひみち給はむ世に住吉の御社をはじめはたし申し給へ。更に何事をか疑ひ侍らむ。このひとつの思ひ近き世にかなひ侍りぬれば、遙に西の方十萬億の國隔てたる九ぼんの上の望は疑なくなり侍りぬれば、今は唯むかふるはちすを待ち侍るほどその夕まで、水草きよき山の末にてつとめ侍らむ」とてなむ、まかりいりぬる。

 「ひかりいでむ曉ちかくなりにけり今ぞ見しよの夢がたりする」とて月日かきたり。「命終らむ月日も更になしろしめしそ、いにしへより人のそめ置きける藤衣にも、何かやつれたまふ。唯我が身は變化のものとおぼしなして老法師のためにはくどくをつくり給へ。この世の樂みに添へても後の世を忘れ給ふな。願ひ侍る所にだにいたり侍りなば必又對面も侍りなむ。さばのほかの岸に到りてとくあひ見むとをおぼせ」、さてかの社にたて集めたるぐわん文どもをおほきなるぢんのふばこにふんじ籠めて奉りたり。尼君にはことごとに書かず。「唯この月の十四日になむ草のいほり罷り離れて深き山に入り侍りぬる。かひなき身をば熊狠にもせし侍りなむ。そこにはなほおもひしやうなる御世を待ち出で給へ、あきらかなる所にて又對面はありなむ」とのみあり。尼君この文を見てかの使の大とこに問へば、「この御文書き給ひて三日といふになむかの絕えたる峰にうつろひ給ひにし。なにがしらもかの御おくりに麓まではさぶらひしかど、皆かへし給ひて僧一人、わらは二人なむ御供にさぶらはせ給ふ。今はと世を背き給ひしをりを悲しきとぢめと思う給へしかどのこり侍りけり。年比おこなひのひまひまによりふしながらかきならし給ひしきんの御琴琵琶とりよせ給ひて、かいしらべ給ひつゝ佛にまかり申しし給ひてなむ御堂にせにふし給ひしさらぬものどもゝ多くは奉り給ひて、そののこりをなむ御弟子ども六十餘人なむ親しきかぎりさぶらひける、ほどにつけて皆そぶんし給ひて、猶しのこりをなむ京の御料とて送り奉り給へる。今はとてかき籠り遙けき山の雲霞にまじり給ひにし空しき御跡にとまりて、悲び思ふ人々なむ多く侍る」など、この大とこもわらはにて京より下りたりし人の老法師になりてとまれるいと哀に心ぼそしと思へり。佛の御弟子のさかしきひじりだに鷲の峯をばたどたどしからず賴み聞えながら猶薪つきける世のまどひは深かりけるを、まして尼君の悲しと思う給へることかぎりなし。御方は南のおとゞにおはするを、かゝる御せうそこなむあるとありければ忍びて渡り給へり。重々しく身をもてなして、おぼろけならでは通ひあひ見給ふこともかたきを、哀なることなむと聞きて覺束なければ打ち忍びてものし給へるにいといみじく悲しげなる氣色にて居給へり。火近く取りよせてこの文を見給ふにげにせきとめむ方ぞなかりける。よその人は何とも目とゞむまじきことのまづ昔きし方のこと思ひ出で戀しと思ひ渡り給ふ心にはあひ見で過ぎはてぬるにこそはと見給ふにいみじくいふかひなし。淚をえせきとめず、この夢がたりをかつは行くさき賴もしく、さらばひが心にて我が身をさしもあるまじきさまにあこがらし給ふと、中ごろ思ひたゞよはれしことはかくはかなき夢にたのみをかけて心高くものし給ふなりけりとかつがつ思ひ合せ給ふ。尼君久しくためらひて「君の御德には嬉しくおもだゝしきことをも身にあまりてならびなく思ひ侍り。哀にいぶせき思ひもすぐれてこそ侍れ。數ならぬ方にてもながらへし都を捨てゝかしこにしづみ居しをだに世の人に違ひたる宿世にもあるかなと思ひ侍りしかど、生ける世に行きはなれ隔たるべき中の契とは思ひかけず、同じはちすに住むべき後の世のたのみをさへかけて年月を過しきて俄にかく覺えぬ御事出できて背きにし世に立ち返りて侍る。かひある御事を見奉り喜ぶものから片つ方には覺束なく悲しきことの打ち添ひて絕えぬをつひにかくあひ見ず隔てながらこの世を別れぬるなむ口惜しく覺え侍る。世にへし時だに人に似ぬ心ばへにより世をもてひがむるやうなりしを若きどち賴みならひておのおのはまたなく契りおきてければかたみにいと深くこそ賴み侍りしか。いかなればかく耳に近き程ながらかくて別れぬらむ」といひつゞけていと哀にうちひそみ給ふ。御方もいみじく泣きて「人にすぐれむ行くさきのことも覺えずや。數ならぬ身には何事もけざやかにかひあるべきにもあらぬものから、哀なる有樣に覺束なくてやみなむのみこそ口惜しけれ。よろづのことさるべき人の御ためとこそ覺え侍れ。さて堪へ籠り給ひなば世の中も定なきにやがてきえ給ひなばかひなくなむ」とて、よもすがら哀なる事どもをいひ明し給ふ。「昨日もおとゞの君のあなたにありと見置き給ひてしを、俄にはひかくれたらむもかるがるしきやうなるべし。身ひとつは何ばかりも思ひ憚り侍らず、かくそひ給ふ御ためなどのいとほしきになむ、心に任せて身をももてなしにくかるべき」とて曉に歸り渡り給ひぬ。「若宮はいかゞ坐します。いかでか見奉るべき」とても泣きぬ。「今見奉り給ひてむ女御の君もいと哀になむ覺し出でつゝ聞えさせ給ふめる。院も事のついでにもし世の中思ふやうならばゆゝしきかねごとなれど尼君その程までながらへ給はなむとのたまふめりき。いかに思すことにかあらむ」とのたまへば、またうちゑみて「いでやさればこそ樣々ためしなきすくせにこそ侍れ」とて喜ぶ。このふばこは持たせて參うのぼり給ひぬ。宮よりとく參り給ふべきよしのみあれば「かく思したることわりなり。珍らしきことさへそひていかに心もとなくおぼさるらむ」と紫の上もの給ひて、若宮忍びて參らせ奉らむの御心づかひし給ふ。御息所は御いとまの心安からぬにこり給ひて、かゝるついでにしばしあらまほしくおぼしたる、程なき御身にさる恐しきことをし給へれば、少しおも瘦せほそりていみじくなまめかしき御さまし給へり。「かくためらひ難くおはする程つくろひ給ひてこそは」など御方などは心苦しがり聞え給ふをおとゞは「かやうにおも瘦せて見え奉り給はむもなかなか哀なるべきわざなり」などのたまふ。對の上などの渡り給ひぬる夕つ方しめやかなるに御方お前に參り給ひてこのふばこ聞え知らせ給ふ。「思ふさまに適ひはてさせ給ふまではとり隱して置きて侍るべけれど、世の中定めがたければうしろめたさになむ。何事をも御心とおぼしかずまへざらむこなた、ともかくもはかなくなり侍りなば必ずしも今はのとぢめを御覽ぜらるべき身にも侍らねば、猶うつしごゝろうせず侍る世になむはかなきことをも聞えさせおくべく侍りけると思ひ侍りて、むつかしくあやしき跡なれど、これも御覽ぜよこの御願文は近きみづしなどに置かせ給ひて必ずさるべからむ折に御覽じてこのうちのことどもはせさせ給へ。疎き人にはなもらさせ給ひそ。かばかりと見奉り置きつればみづからも世をそむき侍りなむと思う給へなり行けば、よろづ心のどかにも覺え侍らず。對の上の御心おろかに思ひ聞えさせ給ふな。いとありがたく物し給ふ深き御氣色を見侍れば、身にはこよなくまさりて長き御世にもあらなむとぞ思ひ侍る。もとより御身に添ひ聞えさせむにつけても、つゝましき身の程に侍ればゆづり聞えそめ侍りにしをいとかうしも物し給はじとなむ、としごろは猶世の常に思う給へ渡り侍りつる。今はきし方行くさきうしろ安く思ひなりにて侍り」などいと多く聞え給ふ。淚ぐみて聞きおはす。かくむつましかるべきおまへにも常に打ち解けぬさまし給ひて、わりなく物づゝみしたるさまなり。このふみの詞いとうたてこはくにくげなるさまを、みちのくにがみにて年經にければきばみあつこえたる五六枚に、さすがにかうにいと深くしみたるに書き給へり。いと哀とおぼして御ひたひがみのやうやうぬれゆく御そばめあてになまめかし。院は姬宮の御方におはしけるを、中の御さうじよりふと渡り給へればえしもひきかくさで御几帳を少しひきよせてみづからははたかくれ給へり。「若宮は驚き給へりや。時の間も戀しきわざなりけり」と聞え給へば御息所はいらへも聞え給はねば、御方「對に渡し聞え給ひつ」と聞え給ふ。「いとあやしや、あなたにこの宮をらうじ奉りてふところを更に放たずもてあつかひ、人やりならずきぬも皆濡してぬぎかへがちなめる、かろがろしくなどかく渡し奉り給ふ。こなたに渡りてこそ見奉り給はめ」との給へば「いとうたて思ひぐまなき御事かな。女におはしまさむだにあなたにて見奉り給はむこそよく侍らめ。まして男は限なしと聞えさすれど心やすく覺え給ふを、たはぶれにてもかやうに隔てがましきことなさかしがり聞えさせ給ひそ」と聞え給ふ。打ち笑ひて「御中ともにまかせて見放ち聞ゆべきなゝりな、隔てゝ今はたれもたれもさし放ちさかしらなどのたまふこそをさなけれ。まづはかやうにはひかくれてつれなくいひおとし給ふめりかし」とて御几帳をひきやり給へればもやの柱によりかゝりていと淸げに心はづかしげなるさましてものし給ふ。ありつる箱も惑ひかくさむもさまあしければさておはするを「なその箱ぞ深き心あらむけさう人の長歌詠みてふんじこめたる心地こそすれ」とのたまへば「あなうたてや今めかしくなりかへらせ給ふめる御心ならひに聞き知らぬやうなる御すさびごともこそ時々出でくれ」とてほゝゑみ給へれど物哀なりける御氣色どもしるければ、あやしとうちかたぶき給へるさまなれば煩しくて「かの明石の岩屋より忍びて侍りし御いのりの卷じゆ又まだしきぐわんなどの侍りけるを御心にも知らせ奉るべきをりあらば御覽じ置くべきやとて侍るを只今はついでなくて何にかはあけさせ給はむ」と聞え給ふに、實に哀なるべき有樣ぞかしとおぼして「いかに行ひまして住み給ひにたらむ。命長くてこゝらのとしごろつとむる罪もこよなからむかし。世の中によしあるさかしき方々の人とて見るにも、この世にそみたる程のにごり深きにやあらむ、かしこき方こそあれ、いとかぎりありつゝ及ばざりけりや。さもいたり深くさすがに氣色ありし人の有樣かな。ひじりだちこの世離れがほにもあらぬものから、したの心は皆あらぬ世にかよひ住み渡るとこそ見えしか。まして今は心苦しきほだしもなく思ひ離れにたらむをや。かやすき身ならば忍びていとあはまほしくこそ」との給ふ。「今はかの侍りし所をもすて鳥の音聞えぬ山にとなむ聞き侍る」と聞ゆれば「さらばその遺言ななりな、せうそこはかよはし給ふや。尼君いかに思ひ給ふらむ。親子の中よりも又さるさまの契は殊にこそ添ふべけれ」とて打ち淚ぐみ給へり。「年のつもりに世の中の有樣をとかく思ひ知り行くまゝに、怪しく戀しく思ひ出でらるゝ人の御有樣なれば、深き契のなからひはいかに哀ならむ」などのたまふ序に「この夢がたりもおぼし合することもやと思ひていと怪しき梵字とかいふやうなるあとに侍るめれど、御覽じ留むべきふしもやまじり侍るとてなむ。今はとて別れにしかども、猶こそ哀は殘り侍るものなりけれ」とて、さまよく打ち泣き給ふ。とり給ひて「いとかしこく猶ほれぼれしからずこそあるべけれ。手などもすべて何事もわざというそくにしつべかりける人の、唯この世なる方の心おきてこそすくなかりけれ。かの先祖のおとゞはいと賢くありがたき志を盡しておほやけに仕うまつり給ひける程に、ものゝたがひめありてそのむくいにかく末はなきなりなど人いふめりしを、女子の方につけたれど、かくていとつぎなしといふべきにはあらぬもそこらのおこなひのしるしにこそあらめ」など淚おしのごひ給ひつゝ、この夢のわたりに目とゞめ給ふ。怪しくひがひがしくすゞろに高き志ありと人もとがめ、またわれながらもさるまじきふるまひをかりにてもするかなと思ひしことは、この君の生れ給ひし時に契深く思ひ知りにしかど、目の前に見えぬあなたのことは、覺束なくこそ思ひ渡りつれ、さらばかゝるたのみありてあながちには望みしなりけり、よこさまにいみじきめを見漂ひしもこの人ひとりのためにこそありけれ、いかなるぐあんをか心に起しけむとゆかしければ、心の內に拜みてとり給ひつ。これは又具して奉るべきもの侍り。今又聞え知らせ侍らむ」と女御には聞え給ふ。そのついでに「今はかくいにしへの事をもたどり知り給ひぬれど、あなたの御心ばへをおろかに覺しなすな。もとよりさるべき中えさらぬむつびよりも橫ざまのなげの哀をもかけ、ひとことの心よせあるはおぼろげのことにもあらず。ましてこゝになどさぶらひなれ給ふを、みるみるも初めの志かはらず深くねんごろに思ひ聞えたるを、いにしへの世のたとへにもさこそはうはべにははぐゝみげなれど、らうらうしきたどりあらむもかしこきやうなれど、猶あやまりても我がためしたの心ゆがみたらむ人を、さも思ひよらずうらなからむためは引き返し哀にいかでかゝるにはと、罪得がましきにも思ひなほる事もあるべし。おぼろげの昔の世のあだならぬ人は違ふふしぶしもあれど、ひとりひとり罪なき時にはおのづからもてなほすためしともあるべかめり。さしもあるまじきことにかどかどしく癖をつけ、あいきやうなく人をもてはなるゝ心あるはいと打ち解けがたく思ひくまなきわざになむあるべき。多くはあらねど人の心のとあるさまかゝるおもむきを見るに、ゆゑよしといひさまざまに口惜しからぬきはの、心ばせあるべかめり。皆おのおの得たる方ありて取る所なくもあらねど、又とりたてゝ我が心うしろみに思ひ、まめまめしく選び思はむにはありがたきわざになむ、唯誠の心のくせなく、善き事はこの對をのみなむ、これをぞおひらかなる人といふべかりけるとなむ思ひ侍る。よしとて又あまりひたゝけて賴もしげなきもいと口惜しや」とばかりの給ふに、かたへの人は思ひやられぬかし。「そこにこそ少し物の心得て物し給ふめるを、いとよくむつびかはしてこの御うしろみをも同じ心にて物し給へ」など忍びやかにの給ふ。「のたまはせねどいとありがたき御けしきを見奉るまゝに明暮のことくさに聞え侍る。めざましきものになどおぼし許さゞらむにかうまで御覽じ知るべきにもあらぬを、かたはらいたきまでかずまへのたまはすればかへりてはまばゆくさへなむ、數ならぬ身のさすがにきえぬは世のきゝみゝも苦しくつゝましく思う給へらるゝを、罪なきさまにもてかくされ奉りつゝのみこそ」と聞え給へば、「その御ためには、何の志かはあらむ。唯この御有樣をうちそひても得見奉らぬ覺束なさに讓り聞えらるゝなめり。それも又とりもちて、けちえんになどあらぬ御もてなしともに萬の事なのめにめやすくなればいとなむ思ひなく嬉しき。はかなきことにても物心得ずひがひがしき人はたちまじらふにつけて、人のためさへからきことありかし。さなほし所なく誰も物し給ふめれば心安くなむ」とのたまふにつけても、さりやよくこそ卑下しにけれなど思ひ續け給ふ。對へ渡り給ひぬ。「さもいとやんごとなき御志のみまさるめるかな。げにはた人よりことにかくしも具し給へる有樣のことわりと見え給へるこそめでたけれ。宮の御方うはべの御かしづきのみめでたくて渡り給ふことも得なのめならざるはかたじけなきわざなめりかし。同じすぢにはおはすれど今一きはゝ心苦しく」としりうごち聞え給ふにつけても、我がすくせはいとたけくぞ覺え給ひける。やんごとなきだにおぼすさまにもあらざめる世に、まして立ちまじるべき覺えにしあらねば、すべて今はうらめしきふしもなし。唯かのたえ籠りにたるやまずみを思ひやるのみぞ哀に覺束なき。尼君も唯福地の園に種まきてとやうなりしひとことを打ち賴みて、後の世を思ひやりつゝ眺め居給へり。大將の君はこの姬君の御事を思ひ及ばぬにしもあらざりしかば、目に近くおはしますをいとたゞにも覺えず、大かたの御かしづきにつけてこなたにはさりぬべきをりをりに參りなれ、おのづから御けはひ有樣も見聞き給ふに、いと若くおほどき給へる一すぢにてうへの儀式はいかめしく世のためしにしつばかりもてかしづき奉り給へれど、をさをさけざやかに物深くは見えず。女房などもおとなおとなしきは少く若やかなるかたち人のひたぶるに打ち華やぎざればめるはいと多く、數知らぬまで集ひさぶらひつゝ、物思ひなげなる御あたりとはいひながら、何事ものどやかに心しづめたるは心の中のあらはにしも見えぬわざなれば、身に人知れぬ思ひ添ひたらむも又更にこゝちゆきけにとゞこほりなかるべきにしも打ちまじればかたへの人にひかれつゝ同じけはひもてなしになだらかなるを、唯あけくれはいはけたるみあそびたはぶれに心入れたるわらはべのありさまなど、院はいとめにつかず見給ふことゞもあれどひとつさまに世の中をおぼしのたまはぬ御本性なれば、かゝるかたをもまかせてさこそはあらまほしからめと、御覽じ許しつゝいましめとゝのへさせ給はず。さうじみの御有樣ばかりをばいとよく敎へ聞え給ふに少しもてつけ給へり。かやうのことを大將の君もげにこそありがたき世なりけれ、紫の御用意氣色のこゝらの年經ぬれど、ともかくももり出で見え聞えたる所なくしづやかなるを本として、さすがに心うつくしう、人をもけたず、身をもやんごとなく心にくゝもてなし添へ給へることゝ見し面影も忘れ難くのみなむ思ひ出でられける。我が御北の方も哀と覺す方こそ深けれ、いふかひあり勝れたるらうらうじさなど物し給はぬ人なり。おだしきものに今はとめなるゝに、心ゆるびて猶かくさまざまにつどひ給へる御有樣どものとりどりにをかしきを、心ひとつに思ひ離れがたきを、ましてこの宮は人の御ほどを思ふにも限なく心ことなる御ほどに、取りわきたる御けしきにしもあらず、人目のかぎりばかりにこそと見奉り知るにわざとおほけなき心にしもあらねど、見奉る折ありなむやと、ゆかしく思ひ聞え給ひけり。衞門のかんの君も院に常に參り親しくさぶらひ馴れ給ひし人なれば、この宮をちゝみかどのかしづきあがめ奉り給ひし御心おきてなどくはしく見奉り置きて、さまざまの御定めありし比ほひより聞えより、院にもめざましとはおぼしのたまはせずと聞きしを、かくことざまになり給へるはいと口惜しく胸いたきこゝちすれば、猶得思ひ離れずそのをりより語らひつきにける、女房のたよりに御有樣なども聞き傅ふるを慰めに思ふぞはかなかりける。對の上の御けはひには猶おされ給ひてなむと世の人もまねび傅ふるを聞きては、かたじけなくともさるものは思はせ奉らざらまし、げにたぐひなき御身にこそあたらざらめと常にこの小侍從といふ御ちぬしをもいひはげまして世の中定めなきを、おとゞの君もとより本意ありておぼしおきてたる方に趣き給はゞとたゆみなく思ひありきけり。

三日ばかりの空うらゝかなる日六條院に兵部卿宮、衞門督など參り給へり。おとゞ出で給ひて御物語などし給ふ。「しづかなる住まひはこの頃こそいとつれづれにまぎるゝことなかりけれ。おほやけわたくしにことなしや。何わざしてかは暮すべき」などの給ひて、「今朝大將の物しつるは何方にぞ、いとさうざうしきを、例の小弓射させて見るべかりけり。このむめるわかうどゝもゝ見えつるを、ねたういでやしぬる」と問はせ給ふ。大將の君は丑寅の町に人々數多して、まもりてあそばして見給ふときこしめして、「みだりがはしきことのさすがに目さめてかどかどしきぞかし。いづらこなたに」とて御せうそこあれば參り給へり。わかきんだちめく人々多かりけり。「鞠持たせ給へりや誰々か物しつる」との給ふ。「これかれ侍りつ此方へまかでむや」との給ひて、寢殿のひんがしおもて桐壺は若宮具し奉りて參り給ひにし頃なればこなたはかくろへたりけり。やりみずなどのゆきあひはれてよしあるかゝりの程をたづねて立ち出づ。おほきおほいどのゝ君達、頭辨、兵衞佐、大夫の君など過したるも又かたなりなるもさまざまに人よりまさりて好み物し給ふ。やうやう暮れかゝるに風吹かずかしこき日なりと興じて辨の君もえ靜めず立ちまじれば、おとゞ「辨官もえをさめあへざめるを、上達部なりとも若きゑふづかさたちはなどか亂れ給はざらむ、かばかりのよはひにては怪しく見すぐす口惜しく覺えしわざなり。さるはいときやうぎやうなりや、このことのさまよ」などのたまふに、大將もかんの君も皆おり居てえならぬ花の影にさまよひ給ふ。夕ばへいと淸げなり。をさをささまよくしづかならぬ亂れごとなめれど所から人がらなりけり。故ある庭の木立のいたく霞籠めたるにいろいろのひも解き渡る花の木ども、わづかなるもえぎのかげにかくはかなきことなれど善き惡しきけぢめあるをいどみつゝ我れも劣らじと思ひ顏なる中に、衞門督のかりそめに立ちまじり給へる足もとにならぶ人なかりけり。かたちいときよげになまめきたるさましたる人の用意いたくして、さすがにみだりがはしきをかしく見ゆ。みはしのまにあたれる櫻の蔭によりて人々花の上も忘れて心に入れたるを、おとゞも宮もすみの高欄に出でゝ御覽ず。いとらうある心ばへども見えて數多くなり行くに上らうも亂れてかうぶりのひたい少しくつろぎたり。大將の君も御位の程思ふこそ例ならぬ亂りがはしさかなと覺ゆれ。見る目は人よりけに若くをかしげにて櫻のなほしのやゝなえたるにさしぬきのすそつかた少しふくみて氣色ばかりひきあげ給へり。かるがるしくも見えず、物淸げなるうちとけ姿に花の雪のやうに降りかゝれば打ち見上げてしをれたる枝少し押し折りてみはしの中のしなの程に居給ひぬ。かんの君つゞきて「花亂りがはしく散るめりや。櫻はよぎてこそ」などの給ひつゝ宮の御前の方をしりめに見れば例のごとにをさまらぬけはひどもしていろいろこぼれ出でたるみすのつまづますきかげなど、春のたむけのぬさぶくろにやと覺ゆ。御几帳どもしどけなくひきやりつゝ人げ近く世づきてぞ見ゆるに、からねこのいと小さくをかしげなるをすこしおほきなる猫の追ひ續きて俄にみすのつまより走り出づるに人々おびえ騷ぎてよそよそとみじろきさまよふけはひどもきぬの音なひ耳かしましき心ちす。猫はまだよく人にもなつかぬにや、つないと長くつきたりけるを物にひきかけまつはれにけるを、逃げむとひこじろふ程にみすのそばいとあらはにひきあげられたるをとみにひきなほす人もなし。この柱のもとにありつる人々も心あわたゞしげにてものおぢしたるけはひどもなり。几帳のきは少し入りたる程にうちき姿にて立ち給へる人あり。端より西の二の間のひんがしのそばなれば紛れ所もなくあらはに見入れらる。紅梅にやあらむ濃き薄き、すぎすぎにあまた重りたるけぢめ、はなやかに草紙のつまのやうに見えて櫻の織物のほそながなるべし、御くしのすそまでけざやかに見ゆるは絲をよりかけたるやうになびきてすそのふさやかにそがれたるいと美しげにて七八寸ばかりぞ餘り給へる。御ぞのすそがちにいとほそくさゝやかにて姿つき髮のかゝり給へるそばめいひしらずあてにらうたげなり。夕かげなればさやかならず奧暗き心地するもいと飽かず口をし。鞠に身をなぐる若公達の花のちるを惜しみもあへぬ氣色どもを見るとて、人々あらはをふともえ見つけぬなるべし。猫のいたくなけば見返り給へるおもゝちもてなしなどいとおいらかにて若くうつくしの人やとふと見えたり。大將いとかたはらいたけれどはひよらむもなかなかいとかるがるしければ、唯心を得させてうちしはぶき給へるにぞやをらひき入り給ふ。さるは我がこゝちにもいと飽かぬこゝちし給へど猫のつなゆるしつれば心にもあらず打ちなげかる。ましてさばかり心をしめたる衞門督は胸つとふたがりて誰ばかりにかはあらむこゝらの中にしるきうちきすがたよりも人に紛るべくもあらざりつる御けはひなど心にかゝりて覺ゆ。さらぬ顏にもてなしたれどまさにめとゞめじやと大將はいとほしくおぼさる。わりなきこゝちのなぐさめに猫を招きよせてかきいだきたればいとかうばしくてらうたげに打ちなくもなつかしく思ひよそへらるゝぞすきずきしきや。おとゞ御覽じおこせて「上達部のざいとかろがろしや、こなたにこそ」とて對の南面に入り給へれば皆そなたに參り給ひぬ。宮も居直り給ひて御物語し給ふ。つぎつぎの殿上人はすのこにわらうだめしてわざとなくつばいもちひ、なし、かうじやうのものどもさまざまに箱の蓋どもにとりまぜつゝあるを若き人々そぼれとりくふ。さるべきからものばかりして御かはらけまゐる。衞門督はいといたく思ひしめりて、やゝもすれば花の木に目をつけてながめやる。大將は心知りに怪しかりつる御簾のすきかげ思ひ出づる事やあらむと思ひ給ふ。いと端近なりつる有樣をかつはかろがろしと思ふらむかし。いでやこなたの御有樣のさはあるまじかめるものをと思ふに、かゝればこそ世のおぼえの程よりは內々の御志ぬるきやうにはありけれと思ひ合せて猶うちとの用意多からず、いはけなきはらうたきやうなれどうしろめたきやうなりやと思ひおとさる。宰相の君は萬の罪をもをさをさたどられず覺えぬ物のひまよりほのかにもそれと見奉りつるにも、我が昔よりの志のしるしあるべきにやと契嬉しき心地して、飽かずのみおぼゆ。院は昔物語しいで給ひて「おほきおとゞの萬の事にたちならびてかちまけのさだめし給ひし中に鞠なむ得及ばずなりにし、はかなきことは傅へあるまじけれど、ものゝすぢは猶こよなかりけり。いとめも及ばずかしこうこそ見えつれ」とのたまへば、うちほゝゑみて「はかばかしき方にはぬるく侍る家の風のさしも吹き傳へ侍らむに、後の世のため、殊なることなくこそ侍りぬべけれ」と申し給へば、「いかでか、何事も人に異なるけぢめをばしるし傳ふべきなり。家の傳へなどに、かきとゞめ入れたらむこそ、けうはあらめ」など、たはぶれ給ふ。御さまの匂ひやかに淸らなるを見奉るにも、かゝる人にならひていかばかりのことにか、心をうつす人は物し給はむ、何事につけてか哀と見許し給ふばかりはなびかし聞ゆべきと、思ひめぐらすに、いとこよなく御あたりはるかなるべき身の程も思ひ知らるれば胸のみふたがりてまかで給ひぬ。大將の君ひとつ軍にて道のほど物語し給ふ。「猶このごろのつれづれにはこの院に參りてまぎらはすべきなり、今日のやうならむいとまのひま待ちつけて花のをりすぐさず參れとの給ひつるを、春をしみがてら月の內に小弓持たせて參り給へ」と語らひ契る。おのおの別るゝ道の程物語し給うて宮の御事の猶いはまほしければ「院には猶この對にのみ物せさせ給ふなめりなかの御覺えのことなるなめりかし。この宮いかにおぼすらむ。みかどのならびなくならはし奉り給へるに、さしもあらで具し給ひにたらむこそ心苦しけれ」とあいなくいへば「たいだいしきこと、いかでかさはあらむ。こなたはさまかはりておほしたて給へるむつびのけぢめばかりにこそあべかめれ、宮をばかたかたにつけて、いとやんごとなく思ひ聞え給へるものを」と語り給へば「いであなかま給へ。皆聞きて侍る、いといとほしげなる折々あなるをやさるは世におしなべたらぬ人の御おぼえをありがたきわざなりや」といとほしがる。

 「いかなれば花に木づたふ鶯のさくらをわきてねぐらとはせぬ。春の鳥の櫻ひとつにとまらぬ心よ、あやしと覺ゆることぞかし」と口ずさびにいへば、いであなあぢきなのものあつかひや、さればよと思ふ。

 「みやま木にねぐらさだむるはこ鳥もいかでか花の色にあくべき。わりなきことひたおもむきにのみやは」といらへて、煩しければことにいはせずなりぬ。ことごとにいひまぎらはしておのおのわかれぬ。かんの君は猶おほいどのゝひんがしの對にひとりずみにてぞものし給ひける。思ふ心ありてとしごろかゝるすまひをするに人やりならずさうざうしく心ぼそきをりをりあれど、我が身かばかりにてなどか思ふことかなはざらむとのみ心おごりするに、この夕べよりくしいたく物おもはしくていかならむをりに又さばかりにてもほのかなる御ありさまをだに見む、ともかくもかきまぎれたるきはの人こそ、かりそめにもたはやすき物いみ、かたゝがへのうつろひもかろがろしきにおのづからともかくも物のひまをうかゞひつくるやうもあれなど、思ひやる方なく深き窓のうちに何にばかりのことにつけてかかく深き心ありけりとだに知らせ奉るべきと、胸いたくいぶせければ、小侍從がり例の文やり給ひて、「一日の風にさそはれて、みかきが原をわけ入りてはべりしに、いとゞいかに見おとし給ひけむ、その夕よりみだりごゝちかきくらしあやなくけふをながめくらし侍る」など書きて、

 「よそに見てをらぬなげきはしげれどもなごり戀しき花のゆふかげ」とあれど侍從は一日の心も知らねば、唯世の常のながめにこそはと思ふ。おまへに人しげからぬ程なればこの文をもて參りて「この人のかくのみ忘れぬものにことゝひものし給ふこそ煩はしく侍れ。心苦しげなる有樣も見給へあまる心もやそひ侍らむと、みづからの心ながら知りがたくなむ」とうち笑ひて聞ゆれば「いとうたてあることをもいふかな」と何心もなげにのたまうて文ひろげたるを御覽ず。見もせぬといひたる所をあさましかりしみすのつまをおぼし合せらるゝに、御おもて赤みておとゞのさばかりことのついでごとに大將に見え給ふな、いはけなき御有樣なめればおのづからとりはづして見奉るやうもありなむと、いましめ聞え給ふをおぼし出づるに、大將のさることありしと語り聞えたらむ時いかにあばめ給はむと、人の見奉りけむ事をばおぼさで、えはゞかり聞え給ふ心のうちぞをさなかりける。常よりも御さしいらへなければすさまじくしひて聞ゆべきことにもあらねばひき忍びて例のかく「一日はつれなし顏をなむ、めざましうとゆるし聞えざりしを、見ずもあらぬやいかにあなかけかけしや」とはやりかに走り書きて、

 「今さらにいろにないでそ山櫻およばぬ枝にこゝろかけきと。かひなきことを」とあり。