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源氏物語 御法

源氏物語 御法 紫式部

このページはクリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0に従い、ウィキソースの蔵書『源氏物語 國分大觀 下』からのコピーを含みます。


御法

紫の上いたう煩ひ給ひし御こゝちの後、いとあつしくなり給ひてそこはかとなく惱み渡り給ふこと久しくなりぬ。いとおどろおどろしうはあらねど、年月かさなればたのもしげなくいとゞあえかになりまさり給へるを、院のおもほし歎く事かぎりなし。しばしにても後れ聞え給はむことをばいみじかるべくおぼし、みづからの御心ちにはこの世に飽かぬことなくうしろめたきほだしだにまじらぬ御身なれば、あながちにかけとゞめまほしき御命ともおぼされぬを、年比の御契かけはなれ思ひ歎かせ奉らむことのみぞ、人しれぬ御心のうちにも物哀におぼされける。後の世のためにと尊き事どもを多くせさせ給ひつゝ「いかで猶ほいあるさまになりてしばしもかゝづらはむ命の程はおこなひをまぎれなく」とたゆみなく覺しの給へど更にゆるし聞え給はず。さるは我が御心にもしかおぼしそめたるすぢなれば、かくねんごろに思ひ給へるついでに催されて、おなじ道にも入りなむとおぼせど、一度家を出で給ひなば假にもこの世を顧みむとはおぼしおきてず。後の世にはおなじ蓮の座を分けむと契りかはし聞え給ひてたのみをかけ給ふ御中なれど、こゝながらつとめ給はむ程は、おなじ山なりとも峰を隔てゝあひ見奉らぬすみかにかけはなれなむ事をのみおぼしまうけたるに、かくいとたのもしげなきさまに惱みあつい給へば、いと心苦しき御有樣を今はとゆき離れむきざみには捨てがたく、なかなか山水のすみか濁りぬべくおぼしとゞこほるほどに、唯うちあざへたる思ひのまゝの道心起す人々にはこよなうおくれ給ひぬべかめり。御ゆるしなくて心ひとつにおぼしたゝむもさまあしくほいなきやうなればこの事によりてぞ女君もうらめしく思ひ聞え給ひける。我が御身をも罪輕かるまじきにやと後めたくおぼされけり。年比わたくしの御願にて書かせ奉り給ひける法華經千部急ぎて供養し給ふ。我が御殿とおぼす二條院にてぞし給ひける。七僧の法服などしなしな給はす。物の色縫ひ目よりはじめて淸らなる事かぎりなし。大かた何事もいといかめしきわざどもをせられたり。ことごとしきさまにも聞え給はざりければ委しき事どもゝしらせ給はざりけるに、女の御おきてにはいたりふかく佛の道にさへ通ひ給ひける御心の程を、院はいと限なしと見奉り給ひて大方の御しつらひ何かの事ばかりをなむ營ませ給ひける樂人舞人などのことは大將の君とりわきて仕うまつり給ふ。內、春宮、きさいの宮達をはじめ奉りて御方々こゝかしこに御誦經ほうもちなどばかりの事をうちし給ふだに所せきに、ましてその比この御いそぎを仕うまつらぬ所なければいとこちたき事どもあり。いつの程にいとかくいろいろおぼしまうけゝむ、げにいそのかみの世々を經たる御願にやとぞ見えたる。花散里と聞えし御方、明石なども渡り給へり。南東の戶をあけておはします。寢殿の西の塗籠なりけり。北の廂に方々の御局どもはさうじばかりをへだてつゝしたり。やよひの十日なれば花盛にて、空の景色などもうらゝかに物おもしろく、佛のおはすなる處の有樣遠からず思ひやられて、ことなる深き心もなき人さへ罪を失ひつべし。薪こるさんだんの聲もそこらつどひたるひゞきおどろおどろしきを、うち休みてしづまりたる程だに哀におぼさるゝを、ましてこの比となりて何事につけても心ぼそくのみおぼししる。明石の御方に三宮して聞えたまへる。

 「をしからぬこの身ながらもかぎりとて薪つきなむことのかなしさ」。御かへり心ぼそきすぢは後の聞えも心おくれたるわざにや、そこはかとなくぞあめる。

 「薪こるおもひはけふをはじめにてこの世にねがふ法ぞはるけき」。夜もすがらたふときことにうちあはせたる鼓の聲絕えずおもしろし。ほのぼのと明け行く朝ぼらけ、霞の間より見えたる花のいろいろ猶春に心とまりぬべく匂ひわたりて百千鳥のさへづるも笛の音に劣らぬ心ちして物の哀もおもしろさも殘らぬ程に、陵王の舞ひて急になる程の末つかたの樂花やかに振はゝしく聞ゆるに、皆人のぬぎかけたる物のいろいろなども物の折からにをかしうのみ見ゆ。み子達上達部の中にも、物の上手ども手のこさず遊び給ふ。かみしも心ちよげに興ある氣色どもなるを見給ふにものこり少しと身をおぼしたる御心のうちには萬の事哀におぼえ給ふ。昨日例ならず起き居させ給へりし名殘にやいと苦しうて臥し給へる、年比かゝる物の折ごとに參りつどひ遊び給ふ人々の御かたち有樣のおのがじゝの才ども琴笛の音をも今日や聞き給ふべきとぢめならむとのみおぼさるれば、さしも目とまるまじき人の顏どもゝ哀に見渡され給ふ。まして夏冬の時につけたる遊び戯ぶれにもなまいどましきしたの心はおのづから立ちまじりもすらめど、さすがに情をかはし給ふ方々は誰も久しくとまるべき世にはあらざなれど、まづ我ひとり行くへしらずなりなむをおぼしつゞくるいみじう哀なり。ことはてゝおのがじゝ歸り給ひなむとするも遠きわかれめきてをしまる。花散里の御かたに、

 「絕えぬべき御法ながらぞたのまるゝ世々にと結ぶ中のちぎりを」。御かへり、

 「結びおくちぎりは絕えじ大かたののこりすくなきみのりなりとも」。やがてこのついでに不斷の讀經懺法などたゆみなく尊き事どもをせさせ給ふ。御ず法はことなるしるしも見えで程經ぬれば、例の事になりてうちはへさるべき所々寺々にてぞせさせ給ひける。夏になりては例の暑さにさへいとゞ消え入り給ひぬべき折々多かり。その事とおどろおどろしからぬ御心ちなれど、唯いとよわきさまになり給へれば、むつかしげに所せく惱み給ふ事もなし。さぶらふ人々もいかにおはしまさむとするにかと思ひよるにもまづかきくらしあたらしう悲しき御有樣と見奉る。かくのみおはすれば中宮この院にまかでさせ給ふ。ひんがしの對におはしますべければこなたにはた待ち聞え給ふ。儀式など例に變らねどこの世の有樣を見はてずなりぬるなどのみおぼせば、萬につけて物哀なり。名對面を聞き給ふにもその人かの人など耳とゞめて聞かれ給ふ。上達部などいと多く仕うまつり給へり。久しき御對面のとだえをめづらしくおぼして御物語こまやかに聞え給ふ。院入り給ひて「今夜はすばなれたる心ちして無德なりや。まかりやすみ侍らむ」とて渡り給ひぬ。起き居給へるを嬉しとおぼしたるもいとはかなき程の御なぐさめなり。「方々におはしましてはあなたに渡らせ給はむもかたじけなし。參らむことはたわりなくなりにて侍れば」とてしばしはこなたにおはすれば、明石の御方も渡り給ひて心深げにしづまりたる御物語ども聞えかはし給ふ。上は御心のうちにおぼしめぐらす事多かれどさかしげになからむ後などのたまひ出づることもなし。唯なべての世の常なき有樣をおほどかにことずくなゝるものから、あさはかにはあらずのたまひなしたるけはひなどぞ、ことに出でたらむよりも哀に物心ぼそき御氣色はしるう見えける。宮達を見奉り給うても「おのおのゝ御行く末をゆかしく思ひ聞えけるこそかくはかなかりける身を惜む心のまじりけるにや」とて淚ぐみ給へる御顏の匂ひいみじうをかしげなり。などかうのみおぼしたらむとおぼすに中宮うち泣き給ひぬ。ゆゝしげになどは聞えなし給はず、物のついでなどにぞ「年比仕うまつりなれたる人々のことなるよるべなういとをしげなるはこの人かの人侍らずなりなむ後に御心とゞめて尋ねおもほせ」などばかり聞え給ひける。御讀經などによりてぞ例のわが御方に渡り給ふ。三宮はあまたの御中にいとをかしげにてありき給ふを、御心ちのひまには前にすゑ奉り給ひて人の聞かぬまに「まろが侍らざらむにおぼし出でなむや」と聞え給へば「いと戀しかりなむ。まろはうちの上よりも宮よりも母をこそまさりて思ひ聞ゆれ。おはせずば心ちむつかしかりなむ」とて目をすり紛はし給へるさまをかしければほゝゑみながら淚はおちぬ。「おとなになり給ひなばこゝに住み給ひてこの對の前なる紅梅と櫻とは花の折々に心留めてもてあそび給へ。さるべからむをりは佛にも奉り給へ」と聞え給へば、うちうなづきて御顏をまもりて淚の落つべかめれば立ちておはしぬ。とりわきておほしたて奉り給へればこの宮と姬宮とをぞ見さし聞え給はむこと口惜しく哀におぼされける。秋待ちつけて世の中すこし凉しくなりては御心ちも聊さはやぐやうなれど猶ともすればかごとがまし。さるは身にしむばかりおぼさるべき秋風ならねど露けきをりがちにてすぐし給ふ。中宮は參り給ひなむとするを今しばしは御覽ぜよとも聞えまほしうおぼせども、さかしきやうにもありうちの御使の隙なきも煩しければさも聞え給はぬに、あなたにもえ渡り給はねば宮ぞ渡り給ひける。かたはらいたけれどげに見奉らぬもかひなしとて、こなたに御しつらひをことにせさせ給ふ。こよなう瘦せほそり給へれどかくてこそあてになまめかしきことの限なさもまさりてめでたかりけれと、きしかたあまりにほひ多くあざあざとかはせしさかりはなかなかこの世の花のかをりにもよそへられ給ひしを、限もなくらうたげにをかしげなる御さまにていと假初に世を思ひ給へる氣色似るものなく心苦しくすゞろに物がなし。風すごく吹き出でたる夕暮に前栽見給ふとて脇息により居給へるを院渡りて見奉り給ひて「今日はいとよく起き居給ふめるはこの御前にてはこよなく御心もはればれしげなめりかし」と聞え給ふ。かばかりのひまあるをもいと嬉しと思ひ聞え給へる御氣色を見給ふも心苦しく、つひにいかにおぼしさわがむと思ふにあはれなれば、

 「おくと見るほどぞはかなきともすれば風にみだるゝ萩のうは露」。げにぞ折れかへりとまるべうもあらぬ花の露もよそへられたるをりさへ忍びがたきを、

 
 「やゝもせばきえをあらそふ露の世におくれさきだつ程へずもがな」とて御淚をはらひあへ給はず。宮、

 「秋風にしばしとまらぬ露の世をたれか草葉のうへとのみ見む」と聞えかはし給ふ。御かたちどもあらまほしく見るかひあるにつけてもかくて千年をすぐすわざもがなとおぼさるれど、心にかなはぬことなればかけとめむ方なきぞ悲しかりける。「今は渡らせ給ひね。みだり心ちいと苦しくなり侍りぬ。いふかひなくなりにける程といひながらいとなめげに侍りや」とて御几帳ひきよせて臥し給へるさまの常よりもいとたのもしげなく見え給へば、いかにおぼさるゝにかとて宮は御手をとらへ奉りてなくなく見奉り給ふに誠に消えゆく露の心ちして限に見え給へば、御誦經の使ども數も知らずたち騷ぎたり。さきざきも斯ていき出で給ふ折にならひ給ひて御ものゝけと疑ひ給ひて夜一夜さまざまのことを盡させ給へどかひもなく、明けはつる程に消えはて給ひぬ。宮も歸り給はでかくて見奉り給へるをかぎりなくおぼす。誰もたれもことわりの別れにてたぐひあることゝもおぼされず、珍らかにいみじく明けぐれの夢にまどひ給ふほどさらなりや、さかしき人おはせざりけり。さぶらふ女房などもあるかぎり更に物覺えたるなし。院はましておぼししづめむ方なければ、大將の君近く參り給へるを御几帳のもとに呼び寄せ奉り給ひて「かく今はかぎりのさまなめるを、年比のほ意ありて思へる事かゝるきざみにその思ひたがへて止みなむがいといとほしきを、御加持にさぶらふ大とこ達讀經の僧などの皆聲やめて出でぬなめるをさりとも立ちとまりてものすべきもあらむ。この世には空しき心ちするを佛の御しるし今はかの暗き道のとぶらひだに賴み申すべきをかしらおろすべきよし物し給へ。さるべき僧誰かとまりたる」などのたまふ御けしき心づよくおぼしなすべかめれど、御顏の色もあらぬさまにいみじくたへかね御淚のとまらぬをことわりに悲しく見奉り給ふ。「御ものゝけなどのこれも人の御心亂らむとてかくのみものは侍るを、さもやおはしますらむ。さらばとてもかくても御ほ意のことはよろしき事に侍るなり。一日一夜にても忌むことのしるしこそは空しからず侍るなれど、誠にいふかひなくなりはてさせ給ひて、後の御髮ばかりをやつさせ給ひても、ことなるかの世の御光ともならせ給はざらむものから、目の前の悲びのみまさるやうにて、いかゞ侍るべからむ」と申し給ひて御忌に籠り侍ふべき志ありてまかでぬ僧その人かの人などめしてさるべきことゞもこの君ぞ行ひ給ふ。年比何やかやとおほけなき心はなかりしかど、いかならむ世にありしばかりも見奉らむ、ほのかにも御聲をだに聞かぬことなど心にも離れず思ひ渡りつるものを、聲は遂に聞かせ給はずなりぬるにこそはあめれ、空しき御からにても今一度見奉らむの志かなふべき折は只今より外にいかでかあらむと思ふに、つゝみもあへずなかれて女房のある限り騷ぎまどふを「あなかま、しばし」としづめ顏にて御几帳のかたびらを、物のたまふまぎれに引きあけて見給へば、ほのぼのと明け行く光もおぼつかなければ大となぶら近くかゝげて見奉り給ふに、あかず美しげにめでたう淸らに見ゆる御顏のあたらしさに、この君のかく覗き給ふを見る見るあながちにかくさむの御心もおぼされぬなめり。「かく何事もまだ變らぬ氣色ながら限りのさまはしるかりけるこそ」とて御袖を顏におしあて給へる程、大將の君も淚にくれて目も見え給はぬをしひてしをりあけて見奉るに、なかなか飽かず悲しき事たぐひなきに誠に心まどひもしぬべし。御髮の唯うちやられ給へる程こちたくきよらにてつゆばかり亂れたる氣色もなう艷々と美しげなるさまぞかぎりなき。火のいとあかきに御色はいとしろく光るやうにてとかくうちまぎらはす事ありし、うつゝの御もてなしよりもいふかひなきさまに何心なくて臥し給へる御有樣の飽かぬ所なしといはむも更なりや。なのめにだにあらずたぐひなきを見奉るに、死にいるたましひのやがてこの御からにとまらむとおもほゆるもわりなきことなりや。仕うまつりたる女房などの物おもほゆるもなければ、院ぞ何事もおぼしわかれずおぼさるゝ御心ちをあながちにしづめ給ひて限りの御ことゞもし給ふ。いにしへも悲しとおぼすことも數多見給ひし御身なれど、いとかうおりたちてはまだ知り給はざりけることを、すべてきしかた行くすゑたぐひなき心ちし給ふ。やがてその日とかくをさめ奉る。限りありける事なればからを見つゝもえ過ぐし給ふまじかりけるぞ心うき世の中なりける。はるばると廣き野の所もなく立ちこみて限りなくいかめしきさほふなれどいとはかなき烟にて程なくのぼり給ひぬるも例の事なれどあへなくいみじ。空をあゆむ心ちして人にかゝりてぞおはしましけるを見奉る人もさばかりいつかしき御身をと、物の心しらぬげすさへ泣かぬはなかりけり。御おくりの女房はまして夢路にまどふ心ちして車よりもまろび落ちぬべきをぞもてあつかひける。昔大將の君の御母君うせ給へりし時の曉を思ひ出づるにもかれは猶物のおぼえけるにや、月のかほのあきらかに覺えしを今夜は唯くれ惑ひ給へる。十四日にうせ給ひてこれは十五日の曉なりけり。日はいと花やかにさしあがりて野邊の露もかくれたるくまなくて世の中おぼしつゞくるにいとゞいとはしくいみじければ、おくるとてもいく世かはふべき。かゝる悲しさのまぎれに昔よりの御ほ意も遂げまほしくおもほせど、心よわき後のそしりをおぼせばこの程を過ぐさむとし給ふに胸のせきあぐるぞ堪へがたかりける。大將の君も御忌に罷り給ひてあからさまにもまかで給はず、明暮近くさぶらひて心苦しくいみじき御氣色をことわりに悲しく見奉り給ひて萬に慰め聞え給ふ。風野分だちて吹く夕暮に昔の事おぼしいでゝ、ほのかに見奉りしものをと戀しく覺え給ふに、又かぎりの程の夢の心ちせしなど人知れず思ひつゞけ給ふに、堪へがたく悲しければ、人めにはさしも見えじとつゝみて阿彌陀佛阿彌陀佛とひき給ふずゝの數にまぎらはしてぞ淚の玉はもてけち給ひける。

 「いにしへの秋の夕のこひしきにいまはと見えしあけくれの夢」ぞなごりさへうかりける。やんごとなき僧どもさぶらはせ給ひて、定まりたる念佛をばさるものにて法華經など誦ぜさせ給ふ。かたがたいとあはれなり。臥しても起きても淚のひるよなくきりふたがりて明し暮し給ふ。いにしへより御身の有樣おぼしつゞくるに鏡に見ゆる影をはじめて人には異なりける身ながらいはけなき程より悲しく、常なき世を思ひしるべく佛などのすゝめ給ひける身を心づよくすぐして遂に來しかた行くさきもためしあらじと覺ゆる悲しさを見つるかな、今はこの世に後ろめたき事殘らずなりぬ、ひた道に行ひにおもむきなむにさはり所あるまじきを、いとかくをさめむ方なき心まどひにては、願はむ道にも入りがたくやとやゝましきをこの思ひ少しなのめに忘れさせ給へと阿彌陀佛を念じ奉り給ふ。所々の御とぶらひうちをはじめ奉りて例の作法ばかりにはあらずいとしげく聞え給ふ。おぼしめしたる心のほどにはさらに何事も目にも耳にもとゞまらず、心にかゝり給ふ事あるまじけれど、人にぼけぼけしきさまに見えじ、今更に我が世の末にかたくなしく心弱きまどひにて世の中をなむ背きにけるとながれとゞまらむ名をおぼしつゝむになむ、身を心に任せぬなげきをさへうちそへ給ひける。致仕のおとゞ哀をも折過し給はぬ御心にてかく世にたぐひなく物し給ふ人のはかなくうせ給ひぬることを口をしく哀におぼして、いとしばしば問ひ聞え給ふ。昔大将の御母上うせ給へりしもこの比のことぞかしとおぼし出づるにいと物悲しく、そのをりかの御身を惜み聞え給ひし人の多くもうせ給ひにけるかな、後れ先だつ程なき世なりけりやなど、しめやかなる夕暮にながめ給ふ。空の氣色もたゞならねば御子の藏人の少將して奉り給ふ。哀なることなどこまやかに聞え給ひて、はしに、

 「いにしへの秋さへ今のこゝちしてぬれにし袖に露ぞおきそふ」。をりからに萬のふる事おぼし出でられて何となくその秋の事戀しうかきあつめ、こぼるゝ涙をはらひもあへ給はぬまぎれに、御かへし、

 「露けさはむかし今ともおもほえず大かた秋のよこそつらけれ。物のみ悲しき御心のまゝならばまちとり給ひては心よわくも」と、目留め給ひつべきおとゞの御心ざまなればめやすきほどに」と「度々のなほざりならぬ御とぶらひのかさなりぬる事」と悅び聞え給ふ。うすゞみとのたまひしよりは、今すこしこまやかにて奉れり。世の中にさいはひありめでたき人も、あいなう大かたの世にそねまれ、善きにつけても心のかぎりおごりて人のため苦しき人もあるを、あやしきまですゞろなる人にもうけられ、はかなくしいで給ふことも何事につけても世にほめられ、心にくゝ折ふしにつけつゝらうらうしくありがたかりし人の御心ばへなりかし。さしもあるまじきおほよその人さへその比は風の音蟲の聲につけつゝ淚おとさぬはなし。ましてほのかにも見奉りし人の思ひ慰むべき世なし。年比むつまじく仕うまつり馴れたる人々しばしも殘れる命うらめしき事を歎きつゝ尼になりこの世の外の山ずみなどに思ひたつもありけり。冷泉院のきさいの宮よりもあはれなる御せうそこ絕えず、盡きせぬ事ども聞え給ひて、

 「枯れはつる野邊をうしとやなき人の秋に心をとゞめざりけむ。今なむことわり知られ侍りぬる」とありけるを、物おぼえぬ御心にもうちかへし置きがたく見給ふ。いふかひありをかしからむ方のなぐさめにはこの宮ばかりこそおはしけれと、聊物まぎるゝやうにおぼしつゞくるにも淚のこぼるゝを、袖のいとまなくえかきやり給はず。

 「のぼりにし雲ゐながらもかへり見よわれあきはてぬ常ならぬ世に。おしつゝみ給ひても」とばかりうち眺めておはす。すくよかにもおぼされず、われながら殊の外にほれほれしくおぼし知らるゝ事多かるまぎらはしに女がたにぞおはします。佛のお前に人しげからずもてなしてのどやかにおこなひ給ふ。千年をももろともにとおぼしゝかど、限ある別ぞいと口惜しきわざなりける。今は蓮の露もことことにまぎるまじく後の世をと、ひたみちにおぼしたつ事たゆみなし。されど人ぎゝをはゞかり給ふなむあぢきなかりける。御わざのことゞもはかばかしくのたまひ置きつることなかりければ、大將の君なむとりもちて仕うまつり給ひける。今日やとのみ我が身も心づかひせられ給ふをり多かるをはかなくてつもりけるも夢の心ちのみす。中宮などもおぼし忘るゝ時の間なく戀ひきこえたまふ。